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2021.2.22

【大人の教養・日本庭園の時間vol.4】京の名園・無鄰菴で実践<下>隠された技を堪能

京都の名園・無鄰菴むりんあんを例に、具体的な庭の楽しみ方をレクチャーする「実践編」の<下>は、庭師の技に注目します。ナビゲーターは、京都の造園会社「植彌加藤造園」の山田咲さん。「大人の教養・日本庭園の時間」の第4回、スタートです。(上はこちら

©植彌加藤造園

前回解説したビューポイント探しで景色の構成がつかめたら、今度は庭師の技、手入れの世界を味わってみましょう。無鄰菴の景色の中心、東山の借景を形づくっているのは、庭園の一番外に並んで植えられた樹木です。上の写真をご覧ください。東山の稜線になじむU字型のカーブを自然に描いて、借景をフレーミングしていますね。

©植彌加藤造園

この部分です。ここで、第2回でお教えした「無作為の作意」を思い出してください。これ、実は庭師の技なのです。

外周の樹木は、1年で1メートルほど枝を伸ばします。5年も放っておけば、借景の東山は見えなくなってしまいます。つまり、庭師が毎年全ての樹木を、あえてこの高さに剪定せんていしているのです。あくまでも自然がそうしたかのように。

借景を取り戻せ!
©植彌加藤造園

冒頭の写真でお示ししたU字型のカーブは、同じ場所をクローズアップして、2007年に撮影したものです。この頃は、外周の樹木が大きく育ちすぎて、借景がよく見えませんでした。

数年前、剪定の機会がありました。その際に、樹木をどれだけ低くするかを、文化財の保存を統括する文化庁、有識者の方々、所有者である京都市などが委員会を作り、そちらのご意見をお聞きし、取り決めました。

周辺は、無鄰菴ができた頃の明治時代とは環境が大きく異なっており、民家や文化施設などが立ち並んでいます。それらをうまく遮蔽しゃへいしながら、作庭者の意図した景色が成り立つように、高さを検討したのです。

高さを変えるコツは日光の当たり方
©植彌加藤造園

高さが決まったら、いきなり樹木を切り下げるわけではありません。低くするだけであれば簡単なのですが、樹形が崩れて美観を損なってしまいます。どういうことでしょう? 下の図をご覧ください。

©植彌加藤造園

大きく育ちすぎた樹木というのは、このように高い部分に枝葉が密に茂っている状態です。この状態ですと、幹の下方には枝葉がありませんので、そこに穴が空いたように外が透けて見えてしまいます。本来見せるべき借景が隠れて、見えない方が良い庭園の外を通るトラックや民家が見えるという、なんとも残念な景色になってしまいます。そこで、下に葉を茂らせてから切り下げます。

©植彌加藤造園

最初に、上部の茂りすぎた枝を根元から大きく切って、幹の下の方に日光が届くようにします。日光が当たればそこから新たな枝が芽吹きますので、上の方をさらに切り下げます。下枝が出るのを待ってから、上部の枝葉を剪定するのです。そうすれば、見た目は本来の樹形を崩さずに、高さを下げることができます。

この手法で徐々に外周の樹木を低くし、2013年までの約6年間をかけて、美しい借景を取り戻すことができました。

築山にも工夫

次に、手前の景色にも目を落としてみましょう。

©植彌加藤造園

芝生をはった築山が、東山と呼応するように連なっています。これも、ビューポイントから見たときに東山と連続性を持たせるために、この高さにしています。築山に植えられた低木も、東山とのつながり断ち切らないように、あえて低く剪定しています。

「築山のラインを借景の東山と呼応させる」という作庭意図を読み取って、庭師が手入れしているのです。

滝を見つけよう

水の流れに逆らって、坂をのぼってみます。池の向こうにモミジの木が見えてきました。さらに奥へ進んでみましょう。

©植彌加藤造園

モミジの枝の隙間から、滝が見えてきました。まるで滝を隠すかのように枝が覆いかぶさり、深淵しんえんさを感じさせます。

©植彌加藤造園

前回申し上げたように、滝は重要な要素でしたね。日本庭園は、「重要な構成要素をまる見えにさせない」という暗黙の了解があります。もし、手前にモミジの枝がなく滝が丸見えだったら、いかがでしょうか? 水の流れはよく見えますが、空間としての重みや訴求力、つまり魅力は半減してしまいます。

枝の方向を調整

ここにも、庭師の技が隠れているのです。庭師は、この枝を滝の方向へ意図的に伸ばしたのです。どうやって? 木には、光を求めてより明るい方へ枝を伸ばす習性があります。そこで、南側に高い木を配置することで、モミジに対してあえて影をつくると、木は日光を求めて明るい方へ枝を伸ばします。

庭師は、こうして思い通りの方向へ枝を導き、ビューポイントから見たときに、枝の先がちょうど滝の落ちかかるところにくるように、調節していたのです。しかし、あくまでも自然がそうしたかのように。

この奥行き感は空間上の効果だけでなく、長い時間がそこに流れていることを感じさせる、見る人にそんな効果も与えます。第1回でご説明しましたね。庭の価値の一つは、時間。古いものにこそ価値がある。悠久の時間の流れを感じさせる技は、庭師が目指す重要なポイントなのです。

©植彌加藤造園

自然の摂理を受け入れながら、長い年月をかけて日本庭園をはぐくむ庭師の技を少しでもご理解いただけましたか。なかなか外出もままならないご時世ではありますが、次回お庭を訪れる機会がありましたら、その技も併せて味わってください。

4回にわたり、歴史や伝統にのっとりながら造られた庭の見方や庭師の技を紹介してきました。次回はいよいよ、「庭の見方」講座の最終回。私たちが仕掛ける日本庭園の新たな魅力づくりについてご報告します。

おすすめ庭園情報<無鄰菴>

無鄰菴には、180度のパノラマでお庭が見渡せる庭園カフェがあります。散策の際には、ぜひお立ち寄りください。

営業時間 9:00-16:45

※カフェは、無鄰菴にご入場された方のみご利用いただけます。ご入場時に手指のアルコール消毒、検温を実施しております。

https://murin-an.jp/cafe/

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山田咲

プロフィール

植彌加藤造園 知財企画部長

山田咲

1980年生まれ。東京都出身。慶応義塾大学文学部哲学科卒業、東京芸術大学大学院映像研究科修了。現在、京都で創業170余年の植彌加藤造園の知財企画部長を務める。国指定名勝無鄰菴をはじめ、世界遺産・高山寺、大阪市指定名勝の慶沢園などで、学術研究成果に基づいた文化財庭園の活用のモデルを推進。開発した[文化財の価値創造型運営サービス]が2020年度グッドデザイン賞受賞。他方で舞台芸術作品の制作などにも関わり、文化的領域を横断した活動を続けている。

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