国立劇場の歌舞伎俳優研修は、芝居の発声や女形の所作、演技などを学ぶ実技や、立廻り、化粧、義太夫など多彩なカリキュラムが用意されている。俳優が直接教える実技と立廻り、 歌舞伎音楽(竹本)の義太夫研修 の授業を取材した。
歌舞伎俳優研修の実技の授業で中村時蔵さんが教えるのは、時代物の名作「本朝廿四孝」の「十種香」の場面。女形の大役である歌舞伎の「三姫」の一人、八重垣姫が登場する。
「姫は、(恋人の)勝頼に見とれて思わず扇を落とす。それに気づいて、恥ずかしい(と顔を隠す)。恋に燃え上がる少女の心の交錯、いじらしさを出してください」
時蔵さんが3人の研修生の間に座り、体の動きに合わせて登場人物の心情を説明する。最初は動きをまねるだけで精いっぱいだった研修生たちの表情やしぐさに女形らしさが徐々に加わり始めた。舞台上では袖で隠れている繊細な手の動きを時蔵さんが目の前で披露すると、研修生たちは食い入るように観察し、実践していく。
授業は、八重垣姫だけでなく、ほかの登場人物の動きやセリフの意味、心情まで丁寧に説明し、繰り返し練習する。
「たとえセリフがなくても、自分のおなかの中でちゃんと気持ちを作り、(動きの)形を作って芝居をしてください」。研修生にとっては気を抜くことの出来ない1時間半だった。
歌舞伎音楽(竹本)の義太夫研修は、竹本葵太夫さんと研修生のマンツーマンで行う。教材は、歌舞伎三大名作の一つ「菅原伝授手習鑑」の「賀の祝」の場面だ。最初に葵太夫さんが手本を見せ、研修生がその通りを語る――を何度も繰り返していく。
葵太夫さんは研修生の復唱する語りに目を閉じて聞き入り、「子音をはっきりと発音して」「(登場人物の)梅王丸については高く、松王丸は低い声で」と、音程や言葉の発音など一つ一つを細かくチェックしていく。時には、口頭で注意するだけでなく、黒板に発音のポイントを書き出して解説する。
「三味線に引っ張られるのは、プロとして恥ずかしいこと」と研修生を叱るなど、プロの心構えを説く一幕もあった。
立廻り・とんぼの研修は、歌舞伎俳優研修を受ける24、25期の4人が参加した。
講師の尾上松太郎さんが作った一連の立廻りの動きを、棒や十手を手に「やっ」と声を出しながら、ジャンプをしたり、ひっくり返ったり。
「足の形が違う、もう一度やってみな」「きちんと打ってから体を回して」と厳しい声で注意が飛ぶ。
マットを敷いて行う、とんぼの稽古は「後返り」や「返り立ち」など、アクロバチックな動きの中に、美しい所作が入る歌舞伎独特の動きだ。経験が浅くうまくできない25期生に「もっと高く飛んで」と先輩の24期生たちが熱心に面倒を見る場面も見られた。
松太郎さんは「時代劇と違い、歌舞伎の立廻りは舞踊に近く、美しさが重要。楽しみにしてくださるお客様も多い。一生懸命稽古してもらいたい」と話していた。
(2020年11月8日付読売新聞朝刊より掲載、一部加筆)
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