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「立雛と内裏雛」(鮫島圭代筆)

2020.3.13

【大人の教養・日本美術の時間】雛人形のルーツ ― 人形遊びとヒトガタ

3月3日といえば、桃の節句、ひな祭りですね。日本独自の年中行事です。

雛人形は平安貴族のような姿なので、古来の伝統と思われるかもしれません。でも実は、現在のような雛祭りが確立したのは江戸時代後半の18世紀中頃といわれます。

雛人形は、美しくてかわいらしいと同時に、どこか近寄りがたい神秘的な感じがしませんか?

その秘密は、「貴族のこどもたちの人形遊び」と「けがれを払う人形(ヒトガタ)」という二つのルーツにあります。今回のコラムでは、その奥深い歴史をご紹介します!

平安貴族のこどもたちの人形遊び

みなさんは、子どもの頃にリカちゃんや戦隊ヒーローなどの人形で遊んだ思い出はありますか?

平安時代に書かれた「源氏物語」にも、幼い姫君が人形遊びをする場面が出てきます。

史料に残る最古の雛人形は、和紙で作られた「立雛たちびな」なのですが、遠く平安時代の貴族の子どもたちが遊んだのも、そうした紙の人形だったようです。

高貴な身分なのに素朴な紙人形で遊んでいた、というと、少し意外かもしれません。平安時代の仏像などを見れば、当時、高い工芸技術があったことは明らかです。それでもリアルな人形が作られなかったのは、人間そっくりの人形で遊ぶことには、ためらいや恐れがあったためではないかとも言われます。

穢れを払うヒトガタ

「水に流す」ということわざがある通り、日本には、海や川で体を清めて、罪や穢れをはらう習わしがありますね。「みそぎ」です。

一方で、「形代かたしろ」に自分の穢れを託す「お祓い」も行われてきました。人の形をかたどったカタシロはヒトガタと呼ばれます。

古来、宮中や神社で毎年6月末と12月末に行われた大祓おおはらえの神事で用いられました。自分の身代わりとなるヒトガタで体をでることで、罪や穢れをヒトガタに移し、それを川や海に流すことで身を清めたのです。

現在でも東京の湯島天神などの神社では、大祓の際、参拝者に白い紙を人の形に切り抜いたヒトガタが配られます。これに名前や年齢を書いて出すと、自分の身代わりとしてお祓いをしてもらえます。

ちなみに、ジブリ映画の「千と千尋の神隠し」にも白い紙製のヒトガタが登場します。

上記のような「貴族のこどもたちの人形遊び」と「穢れを払うヒトガタ」が、のちに融合して生まれたのが、雛人形です。

なぜ3月3日?

雛祭りは3月3日に行われますね。

この日は本来、上巳じょうしの節句です。

節句とは、季節の節目ごとに邪気を祓う中国伝来のならわしで、中でも重要な節句は、人日じんじつ(1月7日)、上巳(3月3日)、端午たんご(5月5日)、七夕たなばた(7月7日)、重陽ちょうよう(9月9日)の五節句です。

16世紀後半、京都の公家社会で、3月3日の上巳の節句に、「雛遊び」が催されるようになったといわれます。

江戸時代になると、幕府が五節句を祝日と定め、それまで公家社会で行われていた雛遊びを上巳の節句の中心に据えたといわれます。以降、雛遊びは庶民にも広まりました。

そして江戸時代後半の18世紀中頃に人形を飾って楽しむ「雛祭り」へと発展し、やがて女の子の誕生を祝い、健やかな成長を願う年中行事として定着したのです。

前述したように、史料に残る最古の雛人形は「立雛」です。紙で作られており、立ち姿の男女一対で、自立させることができません。

その後、座った姿の「内裏雛だいりびな」が広まり、雛壇の主役となりました。

ところで、内裏雛は本来、男雛と女雛の両方をさす言葉なのですが、現代では、男雛を「おだいりさま」、女雛を「おひなさま」と呼びますよね。これは、誰もが口ずさんだことがある有名な童謡「うれしいひなまつり」の歌詞から広まった俗称といわれています。

内裏雛は、京都を中心にさまざまな種類が作られました。

町人に好まれた「寛永雛かんえいびな」と「享保雛きょうほびな」、公家に愛された「有職雛ゆうそくびな」、そして武家と公家の両方に重用された「次郎左衛門雛じろうざえもんびな」。次郎左衛門雛は、京都の人形屋・雛屋次郎左衛門が作り始めたとされ、丸顔で、絵巻に描かれた平安貴族のような「引き目・かぎ鼻」、つまり細い目と「く」の字形の鼻が特徴です。

やがて江戸の職人たちが、江戸オリジナルの「古今雛こきんびな」を生み出しました。顔立ちは浮世絵風の江戸美人で、目にガラスをはめ込み、実際の公家の装束のルールを無視した豪華な衣装を着せた雛人形です。身分を越えて流行し、京都にも広まりました。

江戸時代後期に雛祭りが盛んになると、雛壇も5段、7段と高くなり、五人囃子ごにんばやし三人官女さんにんかんじょ随身ずいじんなど、今日おなじみの人形も出そろいます。

江戸の日本橋などでは、毎年2月末から3月2日まで雛市ひないちが開かれました。江戸っ子は娘が生まれると内裏雛と五人囃子を買い求め、親戚も人形を持ち寄って集まり、にぎやかに雛祭りを楽しんだとか。江戸文化の爛熟らんじゅく期といわれる19世紀初めには、豪華絢爛けんらんな雛飾りが3月3日の江戸を彩ったそうです。

みなさんは、「人形の町」として知られる埼玉県の岩槻をご存じですか?

大正時代以降、関東大震災や戦争で被災した職人たちが移り住んで、戦後、一大生産地となり、今も人形店や工房が立ち並びます。

次郎左衛門頭立雛 江戸時代(さいたま市岩槻人形博物館蔵)

そんな岩槻に、2020年2月22日、待望の人形博物館が開館しました。開館記念名品展「雛人形と犬筥・天児・這子」は開幕後、新型コロナウィルス感染拡大の影響で中断されましたが、7月11日(土)に再開されることになりました。次郎左衛門様式の引き目・鉤鼻の立雛もご覧いただけます。江戸時代の愛らしい人形たちに会いに、ぜひお出かけください。

【開館記念名品展「雛人形と犬筥・天児・這子」】
  • 岩槻人形博物館 2020年7月11日(土)~8月23日(日)
公式サイトはこちら
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鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2020.7.11〜2020.8.23

午前9時~午後5時
※入館は閉館時刻の30分前まで

会場

岩槻人形博物館
埼玉県さいたま市
岩槻区本町6-1-1

料金

一般 300円(200円)
高校生・大学生・65歳以上 150円(100円)
小学生・中学生 100円(50円)
※( )内は20人以上の団体料金。
※障害者手帳保持者と付き添い人1人は半額。

休館日

月曜日
※8月10日(月・祝)は開館

お問い合わせ

Tel. 048-749-0222
Fax 048-749-0225

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