毎年秋に奈良で行われる一大イベントをご存じですか? 奈良国立博物館の正倉院展です。3週間足らずの短い会期に、例年20万人を優に超える人々が詰めかけます。新天皇陛下御即位の節目の年である今秋は、東京国立博物館でも正倉院宝物の特別展が開催されています。
こんな貴重な機会、見逃せませんね!
とはいえ、修学旅行などで奈良の正倉院を見たことはあっても、何のための建物なのか、どんなものが入っているのか、詳しく覚えていないというかたも多いでしょう。このコラムでは正倉院の基本を簡単におさらいします。展覧会へのお出かけ前にぜひご一読ください。
正倉院とは何か。その答えは「東大寺の倉庫」です。
実は「正倉院」という言葉は、もともと固有名詞ではなく普通名詞でした。奈良時代、役所や大寺院には大事なものを収める「正倉」があり、そして複数の正倉が立ち並ぶ一画は「正倉院」と呼ばれていたのです。そのうち、悠久の時を超えて今に残った東大寺の倉庫一棟が「正倉院」として知られている、というわけです。
東大寺の正面には、有名な大仏の鎮座する立派な大仏殿が立っていますね。正倉院が建っているのは、その奥、北側の広々とした敷地のなかです。
南北に長い巨大な高床式倉庫で、間口約33メートル、奥行き約9.4メートル、高さ約14メートル、そして床下は約2.7メートルもあります。ひとつ屋根の下が三つの部分に分かれていて、北から順番に北倉、中倉、南倉と呼ばれています。
正倉院の外壁をよく見ると、横に長い木材を積み上げて造られているのがわかります。この建築方法は「校倉造」といいます。
宝物は蓋つきの収納箱に入れられて、正倉院のなかに収められていました。ヒノキ材で、床下が高いため、虫や湿気を防ぎやすかったと考えられています。
北倉には奈良時代の聖武天皇と光明皇后ゆかりの宝物が多いため、古くから、北倉の扉を開けるには天皇の許可が必要でした。また、明治以後は南倉にも同様の許可が必要となりました。こうして管理されてきたおかげで、奇跡的に良い保存状態でたくさんの宝物が伝わったのです。
正倉院はもともと東大寺の建物でしたが、明治時代初めに政府の管理下に移され、現在は宮内庁の正倉院事務所が管理しています。戦後、正倉院の南側に西宝庫と東宝庫という二つの倉庫が建てられ、ここに宝物が移されました。鉄骨鉄筋コンクリート造りで、空調装置が完備され、厳重に保管されています。
西宝庫の扉は、毎年秋の「開封の儀」で開けられます。おごそかな雰囲気のなか、勅使の侍従や宮内庁職員、東大寺の僧侶などが水で口や手を清め、1列でゆっくりと建物の中に入り、宝物が収められている部屋の扉の封印を解いていくのです。
それから約2か月にわたって、宝物の調査や点検、防虫剤の入れ替えが行われ、一部の宝物は正倉院展で一般に公開されます。正倉院展には毎年異なる宝物が展示されるので、毎秋、欠かさず奈良に出かけるファンも少なくありません。
ここで、正倉院宝物とは何か? 簡単にご紹介しましょう。キーパーソンは、先ほども触れた、聖武天皇と光明皇后です。
奈良時代、平城京では華やかな文化が栄えた一方、干ばつと大地震、疫病の流行など、不安の絶えない世の中でした。そこで聖武天皇は、仏の教えで国を守り、豊かな世界を作りたいと願い、大仏を造ろうと人々に呼びかけたのです。それからおよそ12年の歳月を経て、ついに完成した大仏に目を入れるセレモニー、大仏開眼会が行われました。
しかし、その4年後、聖武太政天皇が崩御します。光明皇后は深く悲しみ、四十九日の忌日に、天皇が使っていた身の回りの品などを大仏に献納し、正倉院に収めました。このときに皇后が献納した六百数十点のリスト「国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)」も正倉院に伝わっています。
大仏開眼会で使われた品々なども加え、正倉院に伝わった「正倉院宝物」はおよそ9000点にのぼります。以来、約1260年にわたって守りつがれてきたのです。
正倉院宝物の内訳は、奈良時代の日本の美意識や技術を示す、国産の美術工芸品や文書だけではありません。
正倉院は「シルクロードの東の終着点」とも呼ばれるように、はるか西方から運ばれ、はるばる海を渡って日本に伝えられた国際色豊かな品々が数多くあります。ササン朝ペルシャや唐など異国の香りが漂う品々を眺めれば、騎馬民族が駆け抜ける草原や果てなき砂漠のイメージが広がるようです。正倉院宝物はまさに、古代の東西交流の様子を今に伝える世界に類のない文化遺産なのです。
正倉院の建物は国宝であり、東大寺などと共に「古都奈良の文化財」としてユネスコの世界遺産にも登録されています。
東京国立博物館では11月24日(日)まで「御即位記念特別展 正倉院の世界−皇室がまもり伝えた美−」展が開催されています。この貴重な機会をどうぞお見逃しなく!
プロフィール
美術ライター、翻訳家、水墨画家
鮫島圭代
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/
0%