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2019.10.11

【大人の教養・日本美術の時間】目利きになりたい うつわ鑑定のヒント

(鮫島圭代筆)

茶の湯で使うやきものを「茶陶ちゃとう」といいます。

古来、茶人たちはときに大枚をはたいて茶陶を手に入れ、実際に使いながら鑑識眼を養いました。一見、文様のないやきものでも、じっと眺めると光沢や凹凸などの表情が見えてきます。これを「景色」といい、そうしたお気に入りの景色をでたのです。不完全さや偶然性にも美を見出みいだす、日本らしい鑑賞スタイルといえるかもしれません。

そんな目利きになれたら、かっこいいですね。今回のコラムでは、数寄者に一歩近づくための、茶陶を鑑賞するヒントをお届けします。

(鮫島圭代筆)

まずは、釉薬ゆうやくをかけずに焼く「焼き締め陶器」からご紹介しましょう。その代表的ブランドは、備前びぜん信楽しがらきなどです。

備前

備前のふるさとは、瀬戸内海に面する岡山県東部。古くから庶民的なやきものの一大産地で、桃山時代には、茶碗ちゃわんや花入れ、水指しなどの茶道具の生産も盛んになりました。

備前の魅力は、どっしりとした風格、赤みの強い土色、それに「窯変ようへん」です。窯変とは、うつわを窯で焼く間に、表面の色が変化したり、形がゆがんだりすること。焼く間にまきの灰などがうつわにかかって溶け、まるで釉薬をかけたようになった「自然釉しぜんゆう」のうち、点を散らしたような模様は「胡麻釉ごまゆう」といいます。一方、「緋襷ひだすき」とは、うつわを焼く時に、ほかのうつわとくっつかないように巻いたわらによってついた赤褐色の筋文様のことです。

人の技を超えた、自然の力が生み出す窯変は、どれも唯一無二の美しさです。

信楽

滋賀県信楽町の山の中に築かれた信楽の窯では、桃山時代に焼き締めの技術を使った茶陶が作られ、有名ブランドへと成長しました。

特徴は石の粒が混じる荒々しい土肌つちはだです。石粒が表に飛び出ているところを「噴き出し」といい、素朴なたたずまいがびを感じさせます。自然釉が薄い緑色のガラスのようになって気まぐれに流れた景色もまた魅力。信楽の捉えどころのない美しさは抽象画にたとえられることもあります。

続いて、美濃、楽焼らくやき、萩、唐津など、釉薬をかけて焼く「施釉せゆう陶器」の茶陶の名産地をご紹介しましょう。

美濃 ―黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部―

桃山時代、利休が侘び茶を大成し、茶人たちが中国伝来の唐物からもの至上主義ではなく、日本の茶道具も尊ぶようになると、色彩豊かな美濃のやきものが人気を呼びました。美濃は技術やデザインにより、「黄瀬戸きせと」「瀬戸黒せとぐろ」「志野しの」「織部おりべ」に分けられます。

「黄瀬戸」は、黄色い釉薬の地と、緑や茶色の斑点文様が見どころ。温かみのある明るい色合いです。「瀬戸黒」は黒い茶碗のみのブランドです。名称に「瀬戸」が入っているのは、長らく、産地が愛知県の瀬戸だと勘違いされていたためです。

「志野」は、国内で最初に作られた、白い肌のやきものです。日本で磁器生産が始まるまでは、中国の白い磁器への憧れがあり、白い釉薬をかけた志野が作り出されたのです。志野は、うつわに筆で茶色い絵を描く鉄絵てつえの技法においても先駆的でした。さらに、志野でスタンダードな「白地に鉄絵」の色合いが反転した、暗い背景に白い文様の「鼠志野ねずみしの」の技法も生み出されました。

「織部」は、戦国武将で茶人の古田織部ふるたおりべが活躍した時代に流行した美濃のやきものです。主に緑色で、京都で流行した、さまざまな文様が描かれた大胆なデザインが魅力です。

楽焼

昔から茶道具の人気は「一楽、二萩、三唐津」と言われ、楽焼はその筆頭です。千利休の指導のもと、楽家らくけ初代の長次郎ちょうじろうが作り始めました。利休は、侘び茶の小さな茶室に最も映える、寸法と形にこだわったと伝わります。

楽焼は轆轤ろくろを使わず、手で土をこねて作り、へらで削って形を整える「手捏てづくね」で作られ、京都の町なかの窯で焼かれます。陶工の手のぬくもりを感じさせる味わい、どっしりとした存在感。大半が黒色か赤色で、なかでも楽焼の代名詞といえば黒い楽茶碗です。窯で焼いている最中に釉薬が溶けた頃合いを見計らって取り出すことで、釉薬が変色して深い黒色になるのです。

萩と唐津

山口の萩、九州の唐津はどちらも、朝鮮半島出身の陶工たちが開いた窯で、高麗茶碗の流れをんでいます。

萩は、白っぽい釉薬のかかったやわらかな風合いで、使うほどに色が変化するため、数寄者たちは「萩の七化ななばけ」と呼んでその味わいを楽しみました。古びた風格を愛する感性にぴたりと合うやきものなのです。

唐津は、おだやかな土肌、控えめな美しさが魅力です。素朴な鉄絵の文様も茶人に愛されてきました。

以上、さまざまな茶陶のブランドをご紹介してきました。今度はぜひ、お近くの美術館に足を運んで、じかにやきものをご覧ください。写真だけではわからない微妙な色合いや風合いなど、多くの発見が得られるはずです。

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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