竜、獅子、麒麟、天馬などの空想上の神聖な生き物を「霊獣」といいます。古代、人々の願いや恐れ、憧れを投影して生み出されて、世界各地に伝播しました。アジアの竜とヨーロッパのドラゴン、アジアの天馬とヨーロッパのペガサスなど、似たモチーフが洋の東西に見られ、いにしえの広範な文化交流を物語っています。
シリーズ「日本美術を駆ける空想上の生き物」では、日本で描かれた霊獣をひとつずつご紹介します。美術展にお出かけの際は、ぜひ彼らの姿を探してみてください。
想像上の動物である一角獣の伝説や神話は、世界各地に伝わります。
アジアで最も知られる一角獣は、麒麟です。動物園にいるキリンとは別で、古代の中国で想像された竜、鳳凰、亀と並ぶ「四瑞」のひとつ。「麒」が雄、「麟」が雌で、つがいで「麒麟」となります。
江戸時代の百科事典『和漢三才図会』には、中国・明代の書物『本草綱目』の引用として、その特徴が記されています。
それによれば、麒麟はめでたい獣で、高さは約3.6メートル。麕(鹿の仲間)の体に牛の尾、馬の蹄を持ち、角が一本生えていて、角の端が肉で覆われています。体の色は5色からなり、腹の下は黄色。生きた虫や草を足で踏むことなく、常に単独行動で、落とし穴や網にかかることもないとか。そして善良で公正な政治が行われると、必ず姿を現す、ということです。
鳴き声は旋律的で美しく、優れた統治者のもと、国が平和なときにのみ現れるといい、古代中国の伝説上の帝王・黄帝と尭帝の時代や、孔子が誕生した際に姿を現したと伝わります。
明の時代、鄭和が率いる大船団が、アフリカから現地語で「ギリン」と呼ばれる動物、つまり、実在のキリンを中国にもたらし、「聖獣・麒麟の到来」と、永楽帝を大いに喜ばせたとか。
実在のキリンが日本に初めて輸入されたのは明治時代といいますが、麒麟の伝説は、はるか昔に、中国大陸から伝わりました。
『日本書紀』には、飛鳥時代の孝徳天皇の言葉として、優れた君主が国を治めると、天がそれに答えて、麒麟や鳳凰などのめでたいしるしを出現させると記されています。また、天武天皇の時代には、葛城山で麒麟の角らしきものが見つかり、献上されたということです。
国宝「鳥獣人物戯画」にも麒麟が描かれており、時代が下って江戸時代の小説『南総里見八犬伝』には、竜が牛と交わって麒麟が生まれると記されており、近世までは、麒麟の実在を信じる向きもあったとか。
現代では、国産ビールのロゴでおなじみですね。東京で一番有名な橋、日本橋(国の重要文化財)にも、麒麟の姿がかたどられています。「麒麟児」とは、将来が期待される才能ある若者のこと。そして大河ドラマ「麒麟がくる」のタイトルも、優れた統治者のもとで世の中が平和になると現れるという伝説になぞらえたものなのです。
続いて、西洋の一角獣、ユニコーンの歴史をたどりましょう。
中でも古い記録は、紀元前5世紀に古代ギリシャのクテシアスが記した『インド誌』に伝わる、ロバに似た一角獣です。体は白く、頭は紫色に近く、目は深い青色。額から長さ66センチほどの角が一本生えており、角の付け根は白、中ほどは黒、先端は赤紫色で、非常に速く走り、角で切り裂いたり、蹴ったり噛みついたりとその攻撃力はすさまじいといいます。身分の高いインド人たちはその角で作った杯から酒を飲むとか。そうすると不治の病にかかることはなく、すでに飲んでしまった毒も吐き出すことができるというのです。
一方、古代ローマの大プリニウス著『博物誌』によれば、インド原産で、体は馬、頭は鹿、脚は象、尾は猪に似ており、約1メートルの黒い角を生やしているとか。将軍ユリウス・カエサルは、ゲルマンの森でユニコーンらしき動物を見たと報告しており、著述家アエリアヌスは、角が螺旋状にねじれていると記しました。
キリスト教でも、ユニコーンは重要な存在となりました。そのきっかけは、紀元前3世紀頃に旧約聖書が翻訳された際、原書のヘブライ語の「野生の牛」が、「一本の角」を意味するギリシャ語に誤って訳されたためといわれます。
古代の寓話集『フィシオロゴス』には、すばしこく獰猛なユニコーンの捕獲法が記されています。それは、美しく装った処女に行く手を阻ませれば、彼女の膝に飛び込んでくるというもの。このため、処女は「聖母マリア」、そして、その膝に頭をのせてくつろぐユニコーンは「キリスト」の象徴とされ、この場面は、天使が聖母マリアに神の子キリストを宿したことを告げる「受胎告知」に結びつけられました。
また、ある時、蛇が湖に毒を吐いたため、ユニコーンが角で十字を切って毒の力を消し去ったという伝説から、ユニコーンの角は穢れた水を浄化するとされました。そして、水を穢す蛇は「人間の原罪」、ユニコーンは「キリスト」の象徴となったのです。
フランス国王シャルル9世は、毒殺されぬよう、いつも飲み物にユニコーンの角を一片浸していたとか。ユニコーンの角を所蔵することは教会の名誉とされ、18世紀末までは、薬局で角の粉末を薬に混ぜていたそうです。もちろん、ユニコーンは実在しないため、実際には、海洋哺乳類のイッカクの長い角(実際には牙)を「一角獣の角」として使っていたといわれます。
13世紀のマルコ・ポーロは、旅行記で異国の一角獣を紹介しています。創世記やノアの箱舟の絵にも描き込まれるなど、ユニコーンは古来、多くの絵画や文学を通じて親しまれてきました。なかでも、タピスリー「一角獣と貴婦人」(1500年頃、フランス)の美しさは世界的に知られます。イギリスの詩人スペンサーの詩集『妖精の女王』や、ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』には、ライオンの敵として登場します。そして、今もなお、イギリスの国章をはじめ、各地の紋章に使われているのです。
今回のコラムでは、一本の角を持つ霊獣、麒麟とユニコーンを追いかけて、アジアとヨーロッパを巡りました。
※ 2020年11月21 日(土) から2021年1月31日 (日) まで、目白の永青文庫で開かれる冬季展「新・明智光秀論 細川と明智 信長を支えた武将たち」(開催概要⇩)では、信長や光秀の手紙などが展示され、「麒麟がくる」こと、つまり、平和な世の中の到来を願った戦国武将たちの想いを感じることができます。
プロフィール
美術ライター、翻訳家、水墨画家
鮫島圭代
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/
開催概要
日程
2020.11.21〜2021.1.31
10:00 a.m. - 4:30 p.m.
(入館は 4:00 p.m. まで)
永青文庫
東京都文京区
目白台1-1-1
一般:1000円
シニア(70歳以上):800円
大学・高校生:500円
※中学生以下、障害者手帳所持者と介助者1人は無料
休館日
月曜日
(11月23日・2021年1月11日は開館、
11月24日・2021年1月12日は休館)
年末年始(12月28日~2021年1月8日)
お問い合わせ
Tel. 03-3941-0850
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