ノートやコピー紙、紙袋など、私たちが日常で使う紙の多くは洋紙です。
洋紙は、明治時代にヨーロッパから機械製紙法がもたらされて大量生産されるようになりました。
それ以前、日本人は生活のあらゆる面で和紙を使っていました。「和紙」という言葉自体、洋紙に対応して生まれたものです。
紙は古代中国で発明されました。『日本書紀』によれば、推古天皇の御世であった610年に朝鮮半島の僧侶が、日本に紙と墨を伝えたといわれますが、実際にはそれ以前に伝来していたようです。
古来、和紙作りは、原料となるコウゾなどの木が生え、きれいな川が流れる山里で行われてきました。現在も、岐阜県の美濃和紙、福井県の越前和紙、埼玉県の小川和紙などが有名ですね。
現代の暮らしに息づく和紙には、障子や襖、団扇や扇、茶道で使う懐紙、葉書や便箋、和綴じ、書道や水墨画、日本画用の和紙などがあります。
書家や絵師は、好みの和紙を選んで使います。書や絵の和紙には数えきれないほどの種類があり、それぞれ厚みや軟らかさ、墨や絵の具のにじみやすさや筆の滑りが異なるためです。
私は水墨画を描いているのですが、墨の濃淡が美しく描ける、薄手で軟らかい和紙を使っています。
近代の大家、横山大観や下村観山、竹内栖鳳らは、越前和紙の有名な工房に自分好みの和紙を注文していたそうです。
紙を手で裂こうとすると、洋紙はスパッと裂けますが、和紙は簡単には裂けないですよね。なぜでしょう? その理由は、和紙は長い繊維が複雑に絡み合っているためです。
洋紙は、木材を細かく切った木材チップを薬品と一緒に煮て繊維をほぐし、広げて乾かしたものです。そのため繊維が短く、手で簡単に裂けるのです。
一方、和紙の原料は、皮の繊維がとても丈夫なコウゾやミツマタ、ガンピなどの低木です。
伝統的な製法では、枝を釜で蒸して皮をはぎ、表面の黒い部分を削り取って内側の白い皮だけにします。そして、木炭などを入れて煮て繊維をほぐし、きれいな川にさらし、チリを取り除いてから、棒で叩いて繊維を細かくほぐします。
続いて「紙漉き」をします。漉き舟と呼ばれる水槽に繊維を入れ、トロロアオイやノリウツギなどの植物からとったどろっとした液を加えて混ぜます。これを四角形の竹製の簀の子ですくいあげ、前後左右に揺り動かします。何回か繰り返すと、繊維が複雑に絡み合い、1枚の和紙になります。台に移して水を切り、板に広げて天日で干せば、ようやく完成です。
和紙作りは、使う木材の種類も限られており、とても手間暇のかかる仕事なのですね。
東大寺の正倉院には、1200年以上も昔の奈良時代の行政文書が大量に伝来しました。和紙の丈夫さがわかりますね。この行政文書は、裏面が東大寺の写経所で再利用されたものです。古代、紙は大変貴重だったので、裏紙として使い回したり、反故紙を漉き直したりと、リサイクルしていました。
平安時代、清少納言が記した『枕草子』にこんなくだりがあります。
ただの紙のいと白う清げなるに、よき筆、白き色紙、
陸奥国紙など得つれば、こよなう慰みて
「白く清らかな紙や質のよい筆があるだけで、とても心が慰められる」という清少納言の思いに、共感するかたも多いでしょう。
平安貴族が交わす手紙はとても風流でした。美しい色に染められた薄手の紙に、流れるような仮名文字で想いをしたため、それを桜、松、ススキ、菊など、季節の枝に結びつけて使者に届けさせたのです。真似してみたくなりますね。
紙の色だけでなく、香りも楽しみました。『枕草子』や『源氏物語』には、「香染の扇」がでてきます。これは、紙を丁子の煮出し液に浸して色と香りをつけ、それで扇を作ったものといわれ、なんとも雅びですね。
紙は仏教においても重要です。
古来、専門の職人が紙を横に長く継いで罫線を引き、経典を書き写すための料紙を作りました。
国宝の『紫紙金字金光明最勝王経』は、濃い紫色に染めあげた美しい料紙に、金の文字で一糸乱れず写経され、大変おごそかです。厳島神社に伝わる国宝『平家納経』は、金銀の箔や砂子が散らされ、見返しには優美な絵が描かれており、平家一門の栄華がしのばれます。人々は篤い信仰心を、こうした見事な料紙にも込めたのでしょう。
和紙は繊維が長く丈夫なため、古来、包み紙、手ぬぐい、着物、髪結い、お祓い、部屋の間仕切りなど、さまざまな場面で使われてきました。
昔話の桃太郎は、腰に黍団子をつけていますね。昔は、食べ物を紙に包んで携帯していたのです。
紙を美しく折って贈り物などを包む「折形」と呼ばれる作法も、バラエティー豊かに発展しました。
紙で作った着物は「紙衣」といい、平安時代の歌人、西行法師も着ていたと伝わります。現在でも、東大寺二月堂の修二会(お水取り)では、僧侶たちが白く清らかな紙衣を身に着けます。
大相撲の力士のまげを結う、元結も知られます。丈夫な紙をこよりにしたもので、昔は庶民も使っていました。
神社のしめ縄から下がる紙垂や、神主がお祓いをするときに振る御幣も、白い和紙ですね。『枕草子』にも御幣を作る様子が記されています。
そして、障子や屏風などの調度品も和紙と木でできていますね。平安時代の『和泉式部日記』には、宮中の女性たちが障子の穴から恋模様を覗き見る場面が出てくるそうですよ。
美しく丈夫な和紙は、このように日本人の暮らしを彩り、支えてきました。
この機会に、昔ながらの使い方を見直して生活に取り入れてみてはいかがでしょう。名産地を訪ねて紙漉き体験をするのもおすすめです。
プロフィール
美術ライター、翻訳家、水墨画家
鮫島圭代
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/
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