2021.8.24
「伽藍神立像」
奈良国立博物館の岩井共二・美術室長へのインタビュー。今回は、仏像に興味を持ったきっかけから、仏像コスプレを通したさまざまな発見、そして、仏像とロボットの共通点まで、楽しいお話をうかがいました。
-仏像に興味を持ったきっかけは?
小学校の修学旅行で、京都と奈良に行き、平等院から興福寺、東大寺、春日大社とまわって、東大寺で大仏さまを見ました。そのときは、ただ「大きいな」という感想でしたが、そのあと、修学旅行記を書く課題が出て調べるうちに、修学旅行でまわった他のお寺にも仏像が数多くあったことを知り、関心を持ちました。歴史も好きで、特に飛鳥時代から奈良時代の古代史に興味がありました。
もう一つのきっかけは、大学入試が終わった時のことです。落ちたという心境で、京都に住む兄の下宿に居候して、奈良を巡りました。東大寺に行く途中に通りかかった奈良国立博物館(奈良博)が、たまたま無料日だったので入ったら、歴史の教科書に載っている有名な仏像がたくさんあって、すごいなと思ったのです。
その後、大学にどういうわけか合格し、仏像のことを勉強できると知って美術史研究室に入りました。卒業論文では、先生にすすめられて、法隆寺の救世観音を取り上げました。お顔やお姿に存在感があり、言葉では説明できないような魅力を備えていて、衣文(衣のひだ)も特徴的で、非常にきれいなカーブを描いています。でもこの仏像、美術全集などで見ると、実物に比べて写真写りがあまり良くありません(笑)。去年、撮影に立ち会ったのですが、普段は厨子の中に収められているので、その状態で撮影するとなると、高い場所からのライティングができず、ベストの照明で撮影することが難しいのだとわかりました。
-仏像の衣服に特別な興味を持ったきっかけは?
法隆寺の救世観音もそうですが、飛鳥時代の仏像の衣服の表現は非常に絵画的です。修士論文で、法隆寺の金堂にある釈迦三尊像を取り上げて、「この像が着ている服は一体どうなってるんだろう」と考え始めました。この像だけを見ていてもなかなかわかりませんが、中国や朝鮮半島の仏像の影響を受けて日本で作られたものなので、中国や朝鮮半島の仏像などと見比べると、理解できることが色々あります。
-大学院のあと、1994年から18年間、山口県立美術館に勤務されたのですね。
私がそれまでに研究していた、インドや中国と日本の仏像を見比べるような展覧会にも携わりました。一つは、東京、奈良、山口で巡回した「特別展 西遊記のシルクロード 三蔵法師の道」(1999年)です。また、山口県は中国の山東省と友好協定を締結しているので、山東省の仏像の展覧会にも関わりました。ゲストキュレーターを務めた「仏教美術の黎明-山東省石仏展」(山口県立萩美術館・浦上記念館、2008年)です。この展覧会では、私が仏像の格好をして、写真を撮って、図録に載せました。仏像コスプレの始まりです(笑)。
-どのように仏像の衣装をまねるのですか?
基本的に、仏像の服は一枚布を体に巻きつけてあるだけなので、縫う必要はありません。ナイロンの布を買ってきて適当な大きさに切り、体に巻きつけます。ナイロンは、衣文が出やすいのですが、ずり落ちやすいので、ピンなどで留めていきます。服の配置と、それによってできる衣文の形を再現しながら、「こんな形の衣文にするには、こういう着方をすればいいのか」と解明していきます。
実際に着てみたほうが理解しやすいですよね。高名な仏像彫刻家で多くの仏像修理を手がけた西村公朝先生(1915~2003年)は、ご著書で、仏像の衣服や装身具を人が身に着けた写真や図を掲載されています。でも、私のように、自分が着てみるという学芸員はほとんどいませんでした。最初は半分ウケ狙いだったのですが(笑)。
一般の方に仏像に興味を持っていただく方法としても、非常に有効だと思います。仏像のコスプレをするワークショップも行ってきました。親子向けのワークショップでは、どちらかというと、子どもたちより保護者のほうが熱心でしたね(笑)。
-実際に着てみると、どんな発見があるのですか?
従来、写し崩れだろうとか、間違った着方をしているのだろうといわれてきた仏像の衣について、実際にそういう着方ができることがわかったりします。
例えば、薬師寺の金堂の薬師三尊像は、教科書にも載っている有名なお像ですが、このうちの月光菩薩像は、スカートのような衣の着方が非常に特殊です。以前は、間違った、ありえない形に作られたのではないかと指摘されていたのですが、似た仏像も参照しながら私が実際に着てみたところ、再現できました。
ただ、あまりにも変わった着方なので、一体どうしてそういう着方になったのだろう、と。インドの仏像には似たような着方が見られますが、中国や韓国の仏像にはありません。インドの仏像が日本に伝わるまでに、どういうことがあったのか、まだわからないことだらけです。
それに、薬師寺の薬師三尊像は大変有名な仏像ですから、のちの仏像制作でその着方が真似されていいはずですが、あまり真似されてこなかったというのも非常に不思議です。古代史の謎が、また一つ増えてしまったといえるかもしれません。
-岩井さんが、次に服装を試してみたい仏像はありますか?
法隆寺金堂の釈迦三尊像と、薬師如来像です。この2像は同じような衣の着方をしているのですが、薬師如来像のほうは、奈良博で開かれた「聖徳太子と法隆寺」展(東京国立博物館では9月5日まで開催中)にお出ましになったので、じっくり拝見することができました。
衣が下まで長く垂れていて、裾が丸い波紋をつないだような形になっています。波のように広がっているのは、仏さまが発しているオーラのようなものだと思います。衣のひだの幾何学的な形が、お像の神秘性を表しているのでしょう。
とはいえ、実際の衣の着方を無視してこういう形にしたわけではありません。この像の衣を1枚の布としてたどって見ていくと、どういうふうに着ているのかが、ある程度わかります。それから、一見、あまり体の起伏がないようですが、衣の形を丁寧に見ていくと、肩や足に丸みや柔らかみがあることに気づくのです。また意外にも、足や手の爪の造形はリアルです。そのように細部まで見ると、新たな魅力が発見できます。
-飛鳥時代の仏師は、衣の着方を理解して仏像を作っていたのでしょうか?
それが難しいところで、わかっているところもあるし、わかっていないところもあって。写し崩れている場合もあります。「聖徳太子と法隆寺」展で薬師如来像をじっくり見たところ、やはり、ある程度はわかっていないと、このようには作れないはずだと確信しました。「こういうふうに着ているのだから、ここにこういう衣文が生まれるはずだ」ということを考えながら作ったのだろうと思います。
飛鳥時代の仏像というと、正面からの見栄えを考えて作られたので、側面から見ると扁平で、浮き彫りのようだと説明されることが時折ありました。しかし、この薬師如来像を見れば、全然そんなことはないとわかります。ふっくらした脚や膝、なで肩など、非常に立体感がありますよね。また、足の下の布が外側に広がっていて、全体がピラミッド形になっています。そうした意味でも、「聖徳太子と法隆寺」展は、飛鳥時代の仏像に対する先入観を捨てて見直すことができる絶好の機会だと思います。
-岩井さんは、ロボット・アニメがお好きだとか。そうした切り口でお話しくださると、仏像の世界に入りやすいという方も多いですね。
こういう話をすると「信仰がないにも程がある」とお叱りを受けそうですが……。
さきほど、薬師如来像の服がオーラを表しているのだろうという話をしましたが、仏像は、人々の祈りから生まれたものであり、拝まれるために造形化されたのです。つまり、その造形自体が聖なるものという価値を持っているわけです。
横浜で、実物大(物語の設定と同じ大きさ)のガンダムの展示が行われていますが(2022年3月31日まで)、仏像の形が持つ意味や美しさ、オーラのようなものは、現代の戦隊ヒーローものやロボット・アニメの「かっこよさ」の要素にも通じるのではと思います。私たちが宗教的な造形に求めるものと、ヒーローやロボットの造形に求めるものの中にある共通点を見いだすことは、仏像の持つ意味を、現代人の感覚に置き換えて考えるきっかけになると思います。
仏像を見て、「何か変な格好をしているな」という感想だけで終わらずに、「この服をこういうふうに着ている」といったことがわかれば、アニメのヒーローがどんなアイテムを持っているのかといったことと同じように、関心が深まるのではと思います。その造形の成り立ちがわかると、難しい意味がわからなくても、興味を持てるのではないでしょうか?
◇ ◇ ◇
仏像の衣装を着るという、一見、お茶目な試みから広がる、奥深い仏像彫刻の世界。仏像コスプレにトライしてみたくなった方も多いのでは? 展覧会で仏像に出会ったら、岩井さんのお話をヒントに、まとっている衣をじっくりと目でたどり、どんな着方をしているのか探ってみてください。仏像の造形美を、より深く味わうことができるはずです。
【岩井共二(いわい・ともじ)】1968年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程中退。94年より18年間、山口県立美術館に勤務し、数々の企画展を担当するかたわら、仏像コスプレのワークショップで着付け指導を行うなど、学術的な切り口以外からも仏像への関心を高める活動に携わる。2012年より奈良国立博物館に移り、「なら仏像館」のリニューアル業務(16年4月完了)に従事。学芸部情報サービス室長(彫刻担当)として、公式Twitter運営やテレビ出演など、博物館のPR活動にも精力的に取り組んだ。現在、学芸部美術室長。専門は仏教彫刻史。仏像の着衣形式などを通して、東アジアの仏像の形の分析を試みている。
プロフィール
美術ライター、翻訳家、水墨画家
鮫島圭代
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/
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