日本で今、ボンボニエールと言えば、皇室の引き出物を思い浮かべる。本家ヨーロッパにおいても「日本の皇室のものね」と言われるまでになっているという。内外でそのようなイメージが定着した素地はどこにあるのだろうか。
私はこれまで史料に基づいた内容を記述してきた。それは、これからも変わらない。しかし、今回はちょっと想像の翼も広げて話をしよう。
日本の昔話で、浦島太郎が竜宮城で乙姫から手土産にもらったのは美しい「玉手箱」。入っていたのは「煙」であったが、玉手箱は元々、玉(宝物)を入れる手箱である。この例を挙げるまでもなく、日本では古来より多くの箱が使われてきた。源頼朝の妻・北条政子が使用した化粧箱・国宝「梅蒔絵手箱」の中には鏡箱、白粉箱、歯黒箱、薫物箱などの小箱が納められている。豪華な嫁入り道具で知られる徳川美術館の国宝「初音の調度」にも美しい箱が、これでもか、これでもかと登場する。
その他、茶道具の棗(抹茶を入れる容器)やヤンポと呼ばれる銀の蓋物、元々は仏具であった香合、香箱、遊具である将棋の駒を入れる箱、などなど、日本人のDNAには「小さな箱が好き」が刻みこまれているように思う。
小さな箱だけでなく、「小さな細工物」も日本人は大好きである。印籠や根付には、様々な意匠を凝らした細工が施され、刀装具の鍔や小柄(刀の鞘に添える小刀)、笄(頭をかくための道具)、目貫(刀の柄を刀身に固定するために指す目釘を覆う金具)の三種を同一意匠でそろえた三所物など、虫眼鏡が必須の細工物がもてはやされた。そう言えば、清少納言も「ちひさきもの、いとおかし」と愛でているではないか。
このDNAの賜物か、ヨーロッパでボンボニエールの風習を目にした誰かが(もしくは日本にやって来たヨーロッパの人が)、日本にも同じような箱文化があることに気が付き、ボンボニエールを導入した。そして実際に登場した後には、予想通りその小さな細工の箱は日本人にすんなりと受け入れられ、その後、競うように意匠を凝らしたボンボニエールが流行することとなるのであった、と私は想像するのである。
実は、「小さな箱が好き」だったのは日本人ばかりではない。16世紀に日本にやってきた宣教師たちは日本の美術工芸品に魅せられた。特に蒔絵や螺鈿が施された漆芸品が人気となり、多くの調度品が海を渡った。これは南蛮漆器と呼ばれる大型の漆芸品であった。しかし、時を経て18世紀に至り、ヨーロッパの王侯貴族が愛好し、収集したのは、大型のものではなく、香合などの蒔絵の小さな箱だった。特に「小さな箱」に魅了された人がいる。それは、フランス王ルイ16世の王妃マリー・アントワネット(Marie-Antoinette)であった。
1778年、マリー・アントワネットの最初の子供の出産祝いに、母であるオーストリア大公マリア・テレジアより日本の漆の箱が贈られた。その後、マリア・テレジアの死去に際して、「様々な大きさの50点の木製漆器一式」が、遺品としてマリーのもとに届いた。マリーはこれらを飾る「漆の小部屋」を作った。まあ、マリー・アントワネットにすれば造作もないことであろう。それだけでは飽き足らず、さらに漆の小箱の収集に精を出し、それを愛でていたという。70点を超えるこれらのコレクションは、現在はヴェルサイユ宮殿美術館に収蔵されているが、いずれも美しい蒔絵が施された、手のひらに乗るほどの大きさの意匠に富んだ小箱である。
マリー・アントワネットがこれらの箱をどのように使ったのかはわからない。ただただ飾り、愛でていただけかもしれない。しかし、フランスにはボンボニエールの文化がある。となれば、誰かに砂糖菓子を入れて贈ったのかもしれない。そうしなかったとしても、ボンボニエール文化圏のマリーは違和感なく、この小箱を受け入れたのだろう。
マリー・アントワネット以降も、日本の小さな箱に魅了された人は数多くいた。フランスのギメ東洋美術館の別館であるエヌリー美術館には、クレマンス・エヌリーが収集した日本の小さなもの、特に蒔絵の小箱などが特注の螺鈿のケースに入れられ、陳列されているという。その数7000点余り。マリー・アントワネット以上のコレクションである。
現代に至り、クールジャパンを求めて訪日する旅行客が購入する土産品の一番人気は、ネット情報によれば、「お菓子」らしい。日本のお菓子も美味しいが、その箱や包装紙に惹かれる外国人が少なくないという。ここにも小さな菓子器・ボンボニエールの影が垣間見えるのである。
プロフィール
学習院大学史料館学芸員
長佐古美奈子
学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。
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