子年を迎えると、十二支の一つで、齧歯類であるねずみのかわいらしい絵をあしらった年賀状が日本からどんどん送られてきた。それがきっかけで、日本美術に見る動物がいかに多く、魅力に富むか、考察してみたいと思った。
美術家にとって、動物はありがたい題材だ。古代からそうであったし、時代や文化を超えて、常にそうであった。具象的で躍動的な描き方がある一方で、様式化して描く方法もある。創作の仕方が幾通りも考えられるのだ。題材としての動物はかわいらしかったり、戯れていたり、装飾的であったり、獰猛であったり……そのいずれであっても、動物画は見る者にとって、魅力があるものだ。
動物はことに日本の芸術家たちに好まれたようで、古くから描かれたり、かたどられたりしてきた。古墳時代(5、6 世紀頃)の馬の埴輪が一例だ。保存状態が良好なものもあり、装飾としての馬具や鞍が精巧に作られている。馬の埴輪は、日本で飼いならされた最初の馬をかたどったものとされる。時の権力を象徴するものだったから、古墳に埋葬される身分の高い者たちにふさわしい副葬品とされたのである。
「日本美術に見る動物たち」というのはもちろん、あまりに壮大なテーマで、初歩的なあらましを述べることさえできないし、この記事を長ったらしい作品の一覧表にしてしまうことも避けたい。それでも、動物をモチーフにした作品をいくつか順不同で挙げておきたい。その魅力、あるいはそこに宿るであろう物語ゆえに選んだ作品だ。目を通し、楽しんでいただけたらと思う。
家畜であれ、野獣であれ、空想上であれ、動物たちは日本文化の中で目立つ役割を果たしている。民話に登場するし、十二支の動物(今年のねずみのように)として時間の尺度になっているし、季節の変化を象徴する存在でもあるし、格言や説話に現実味を与えている。
蜻蛉は日本美術で縁起の良い生き物とされてきた。いつのことだったか、この昆虫が「武功」を表すと考えられていることを教えられ、面白いと思った。刀剣の鍔など、武士の表道具にあしらわれていることが多いのはそのためだ。
その特徴ある形や模様、豊かな色彩は西洋の画家たちをも魅了し、日本美術が大流行した19世紀末のジャポニスムの頃には、非常に好まれる題材となった。米国の宝飾デザイナー、ルイス・カムフォート・ティファニーは日本に触発されて、蜻蛉を最もシンボルらしいシンボルの一つとして作品に取り込んだし、彼の同時代人であったフランスのエミール・ガレやルネ・ラリックもそうだった。
京の有名な絵師、伊藤若冲に触れずして、日本美術の動物について語ることはできない。若冲は1757年(宝暦7年)頃から1766年(明和3年)頃にかけて、「動植綵絵」と名づけられた一連の花鳥図を制作した。30幅にも及び、 今は皇室のコレクション(三の丸尚蔵館蔵)に含まれるこの作品は、どきっとさせられる鮮明な彩色とはっとさせられる繊細さで鶏や鳳凰、魚や蛇など種々の動物を豪快に描いている。構図も美しい。
動物は根付師の創作意欲をかき立てた。江戸時代の男たちが帯ばさみとして身につけた根付けは小さな彫刻品で、大切な持ち物だったから美しくなければならなかったし、衣服を傷めないよう表面が滑らかである必要もあった。動物王国は、主題に富み、私がこれまでに見たものの中には、十二支の動物がすべてそろっているものもあった。大英博物館で目に付いたのは、日本の美術あるいは応用美術でよく見る鹿をかたどったものだった。この作品は伸び上がるような優雅な形をしていて、牡鹿が牝鹿を求めて鳴いているところを描いており、鹿が秋の孤独を表す季語であることを思い出させる。
最後に、もう一つ鹿の作品を取り上げたいと思う。動物の剥製をガラスのビーズなどで表した現代彫刻家、名和晃平氏の「ピクセル」と呼ばれる作品シリーズに含まれる鹿だ。ビーズなどには動物の体の一部を誇張したり、ゆがめたりする効果があり、作品に思わぬ魅力を与えている。
プロフィール
美術史家
ソフィー・リチャード
仏プロヴァンス生まれ。エコール・ド・ルーヴル、パリ大学ソルボンヌ校で教育を受け、ニューヨークの美術界を経て、現在住むロンドンに移った。この15年間は度々訪日している。日本の美術と文化に熱心なあまり、日本各地の美術館を探索するようになり、これまでに訪れた美術館は全国で200か所近くを数える。日本の美術館について執筆した記事は、英国、米国、日本で読まれた。2014年に最初の著書が出版され、その後、邦訳「フランス人がときめいた日本の美術館」(集英社インターナショナル)も出版された。この本をもとにした同名のテレビ番組はBS11、TOKYOMX で放送。新著 The Art Lover’s Guide to Japanese Museums(増補新版・美術愛好家のための日本の美術館ガイド)は2019年7月刊行。2015年には、日本文化を広く伝えた功績をたたえられ、文化庁長官表彰を受けた。(写真©Frederic Aranda)
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