日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2021.5.7

今年度の「紡ぐプロジェクト」展覧会 見逃せない貴重な仏像の数々…橋本麻里さん・奥健夫さん対談

信仰のカタチ

2021年度に「紡ぐプロジェクト」で開催する「聖徳太子と法隆寺」展、「国宝 聖林寺十一面観音」展、「最澄と天台宗のすべて」展は、貴重な仏像の数々を間近に鑑賞できる。脆弱ぜいじゃくな素材で作られた仏像を、1000年以上にわたって守り継ぐことができた背景とは――。美術ライターで東京・永青文庫副館長の橋本麻里さん、文化庁主任文化財調査官(彫刻部門)の奥健夫さんと探る。

飛鳥作 謎多き仏像―「聖徳太子と法隆寺」展

聖徳太子ゆかりの法隆寺(奈良県斑鳩町)は607年に創建されたと伝わっており、1993年に国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産(文化遺産)に登録された。博物館を除き、日本で最も多くの国宝を所蔵している。

国宝「薬師如来坐像」奈良・法隆寺蔵=「聖徳太子と法隆寺」展で展示

橋本麻里さん 法隆寺展には、法隆寺金堂の国宝「薬師如来坐像」が出品されます。明治の初め、東大寺の回廊を会場に開かれた奈良博覧会で展示されたそうですが、寺外にお出ましになるのはその時以来とか。

奥健夫さん この像の背面光背に「丁卯ひのとう年(607年)にこの薬師如来像を作った」とあります。同じ金堂にある釈迦三尊像は癸未みずのとひつじ年(623年)に完成したのですが、それより明らかに鋳造技術などに進歩が見られる。謎の多い仏像ですが、飛鳥時代の名品であることは間違いありません。

日本書記によると、法隆寺最初の伽藍がらん(若草伽藍)は670年に焼失したとされ、その後再建されたのが現在の西院伽藍。金堂は7世紀後半に建てられた世界最古の木造建築で、創建以来大きな変化なく伝えられた内陣は、奇跡の空間だ。

建物とともに守られ―「国宝 聖林寺十一面観音」展

奥さん 法隆寺に多くの文化財が伝わるのは、建物自体が修理を繰り返しながら残ってきたから。

聖林寺展に出品される聖林寺(奈良県桜井市)の国宝「十一面観音菩薩ぼさつ立像りゅうぞう」も、もともと像があった大御輪寺だいごりんじ(同市)本堂は奈良時代の建物に改造を繰り返しながら伝えてきた(現在は廃寺)。十一面観音は鎌倉時代以降ここにずっと安置されてきたことが記録から分かっています。左手の水瓶すいびょうに差した蓮華れんげに至るまで制作当初のままで、驚くべき保存の良さは、建物が老朽化したり火災にあったりしては、ありえないでしょう。

国宝「十一面観音菩薩立像」奈良・聖林寺蔵=「国宝 聖林寺十一面観音」展で展示

さらに厨子ずしの中に光背が壊れたままの状態で残っていました。新たに作り直したるせず、そのままにするのが、仏像に限らず、日本の美術工芸品の守り方、伝え方の一つの特徴です。

橋本さん 寺社に伝わる宝物の中には、いまも宗教儀式で実際に使われているものも。信仰の営みと什物じゅうもつがともに受け継がれる意義は大きいと言えましょう。

特徴ある高僧像

今年度の展覧会には特徴のある風貌ふうぼうの高僧像がいくつも出品される。法隆寺展には国宝「行信僧都坐像ぎょうしんそうずざぞう」。天台展の深大寺じんだいじ(東京都調布市)の秘仏「慈恵じえ大師(元三がんざん大師)坐像」は、205年ぶりとなる寺外での「出開帳でがいちょう」だ。

橋本さん 異相の高僧像は、実際にそのようなお姿だったのでしょうか。聖性の象徴として強調されたのでしょうか。

国宝「行信僧都坐像」奈良・法隆寺蔵=「聖徳太子と法隆寺」展で展示
「元三大師像」東京・深大寺蔵(写真は深大寺提供)=「最澄と天台宗のすべて」展で東京会場のみ展示

奥さん 両方ありますが、お坊さんの像は、特に頭蓋骨の骨格が分かるように頭部を造るよう心がけていたようにみえます。頭部の骨格は聖性を象徴する大事な要素で、骨格が感じ取れるような造形が迫真性にもつながってくる。行信像は亡くなってからしばらくして造られた像ですが、奈良時代の高度なテクニックでそこに本人がいるような感じを表しています。

もともとは羅漢、悟りを開いたインドの僧の像がお寺の中に安置されていたのが、実在の僧の像にとって代わられた。羅漢たちは魂をいつまでもこの世にとどめて、仏法を伝えてゆく役割を担わされており、高僧像も同じでしょう。

寺宝 各地で継承 「最澄と天台宗のすべて」展

天台宗の宗祖、最澄が亡くなって1200年にあたる節目に開催する天台展は、願興がんこう寺(岐阜県御嵩町)の重要文化財「薬師如来坐像」や等妙寺(愛媛県鬼北町)の「菩薩遊戯ゆげ坐像(伝如意輪観音)」など、各地の寺宝を紹介する。

奥さん 天台宗は延暦寺(大津市)から全国に広がりました。信仰とともに文化財も、各地で受け継がれています。

重要文化財「薬師如来坐像」岐阜・願興寺(蟹薬師)蔵=「最澄と天台宗のすべて」展で東京会場のみ展示

橋本さん 今年の展覧会はいろいろなつながりが発見できそうです。展覧会は「点」としてて終わるのではなく、ほかの展覧会という「点」とつなぎ合わせ、空に星座を描くように観ていくと、美術がもっと面白くなります。

「点」が展覧会である必要はなく、書物でも映画でも舞台でも、どこか旅行先で見かけたものでも何でもいい。関心が広がり、深まるにつれ、点と点、線と線の重なりは密度を増し、やがて大きな「面」が現れてきます。それが、あなただけの「地図」です。あなた自身が観たもの、触れたもの、学んだものが緊密に、自分だけの仕方で生き生きと結び合わされた時、あなたは広い世界を旅する上での地図を手に入れることができるでしょう。

橋本麻里(はしもと・まり) 1972年生まれ。国際基督教大卒。日本の古美術から現代アートまで、豊富な知識で評論・解説する。主な著書に「日本の国宝100」など。

奥健夫(おく・たけお) 1964年生まれ。東京大大学院修了。文化庁美術工芸課技官などを経て現職。主な著書に「仏教彫像の制作と受容」。

(2021年4月4日読売新聞朝刊より掲載)

展覧会公式サイトもチェック!

「聖徳太子と法隆寺」展 https://tsumugu.yomiuri.co.jp/horyuji2021/

「国宝 聖林寺十一面観音」展 https://tsumugu.yomiuri.co.jp/shorinji2020/

「最澄と天台宗のすべて」展 https://tsumugu.yomiuri.co.jp/saicho2021-2022/

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