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2024.6.26

進化続ける「仁左衛門型」— 七月大歌舞伎「すし屋」 権太の人情 観客に届ける

人形浄瑠璃を歌舞伎化した義太夫狂言の傑作「義経千本桜」の三段目にあたる「すし屋」では、奈良・吉野を舞台に親子、夫婦の切ない別れが描かれる。主人公「いがみの権太」は、人間国宝・片岡仁左衛門の当たり役の一つで、原作の文楽などを研究し、数々の工夫を重ねた「仁左衛門型」ともいうべき演技は絶賛されてきた。〔2024年〕7月、大阪松竹座で上演される。(編集委員 坂成美保)

「最初は先輩方の芝居をよく見て模写する。まねですね。そこから色んなものが入ってきて、初めて自分の演技が出てきます」と語る片岡仁左衛門=いずれも©松竹

吉野ですし屋を営む弥左衛門一家の悲劇。弥左衛門は源氏方に追われる平維盛これもりをかくまう。悪事を重ね、弥左衛門に勘当された息子の権太は、恩賞目当てに維盛の首とその妻子を源氏方に差し出し、父の怒りを買う。悪人と思われていた権太が、実は善人だとわかる「もどり」の演技が見せ場になる。

「幕が閉まった時にどれだけのお客様が泣いてくださるかが、この芝居の勝負。技法だけが先行してもよくない。いくら演技がうまくても心が伝わらなければね」と仁左衛門。

「すし屋」の悲劇に至る伏線となる「木の実」「小金吾討死こきんごうちじに」の幕から上演してきた。「『木の実』で権太の家庭、子どもへの愛情や妻との関係をアピールしておくことが大切です」

「すし屋」の一場面

金の無心に実家を訪れる場面は、母親の膝枕で甘える独自のやり方で演じる。源氏方の梶原景時にもらった陣羽織を頭からかぶる演出は文楽から移入した。「権太をかっこよく、すきっとした人物として演じると人間の泥臭さが薄れてしまう。文楽を研究して、これが原型だと感じて工夫してきました」

誤解されたまま父に刺される場面では、権太が気づかぬうちに背後から不意打ちをされる演出が多いが、仁左衛門の権太は「おやっさん、おやっさん」と父に近づいた瞬間に刺され、悲劇性が際立つ。「喜んで父に報告しようとした瞬間に紙一重で殺されてしまう。何度か演じているうちに、自然とそうなりました」

到達した演技も決して完成形ではない。「色んな型を研究して自分の型を工夫していく。さらに上を求める気持ちを捨ててはいけない。常に考え、気づいたことは取り入れる。これからも変えていくつもりです」

「権太のせりふも単刀直入に核心に触れるように整理しました。役者はあれも言いたい、これも言いたいとあるのですが、お客様には聞き取れない部分もある。なるべく明確に伝えたい」

関西で歌舞伎の客入りが悪かった時代を知るだけに、「船乗り込み」など古式ゆかしい行事も行われる松竹座の7月公演は毎年楽しみにしてきた。「大阪の夏芝居は『私の城』に戻ってくる感じで気分が落ち着きます。初めて歌舞伎を見るお客様にも分かりやすい芝居をお見せしたい」

◇関西・歌舞伎を愛する会結成45周年記念 七月大歌舞伎

7月3~26日、大阪松竹座。初代中村萬壽まんじゅ、六代目中村時蔵襲名披露、五代目中村梅枝初舞台を兼ねる。昼の部は「小さん金五郎」「藤娘」「にわか獅子」と萬壽襲名披露狂言「恋女房染分手綱そめわけたづな」(梅枝初舞台)。夜の部は「義経千本桜(木の実、小金吾討死、すし屋)」「汐汲しおくみ」と時蔵襲名披露狂言「嫗山姥こもちやまんば」。出演は中村歌六、鴈治郎、扇雀、坂東弥十郎、片岡孝太郎、尾上菊之助ら。(電)0570・000・489。

(2024年6月24日付 読売新聞夕刊より)

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