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2023.6.15

片岡仁左衛門 反逆の気概 ― 79歳の俊寛役

大阪・七月大歌舞伎 近松門左衛門作「平家女護島」

「役者は演技で説明するわけではないので、どんなふうに伝わるかはお客さまそれぞれの感じ方次第です。ただ幕が下りた時、嫌なものを残したくない。穏やかな気持ちで満足していただけたら」と語る片岡仁左衛門=川崎公太撮影

歌舞伎立役たちやくの第一人者で、人間国宝の片岡仁左衛門が、大阪恒例の夏芝居「七月大歌舞伎」で近松門左衛門作「平家女護島にょごのしま(俊寛)」の主役・俊寛僧都そうずを勤める。人形浄瑠璃を歌舞伎化した「義太夫狂言」の名作。79歳の今、8度目となる俊寛役に、どんな心境で向き合うのだろう。(編集委員 坂成美保)

「義太夫狂言 飢えていた」

「このところ、義太夫狂言をやっていないので、義太夫狂言に飢えていたこともあってね」

「俊寛」を今、やりたい理由を率直に語った。歌舞伎の演目の中でも、文楽がルーツの「義太夫狂言」は「丸本物」とも呼ばれ、義太夫節の語りで物語が進行する。役者には、三味線のリズムに乗ったせりふ回しや様式的な動きなど高い技量が求められる。その妙味を「人物をデフォルメしていながら、芯のところが細かい」と表現する。

粗削りで古風な義太夫節独特の様式美と、文楽太夫の豊竹山城少掾やましろのしょうじょうに代表される近代的な心理描写、リアルさという対照的な二つの要素を作品に見いだすからだ。「役者は義太夫狂言という制約に縛られながら、かつ自由に泳いでいるような楽しさがあります」

平家討伐を目指す「鹿ヶ谷の陰謀」が発覚し、絶海の孤島・鬼界ヶきかいが島に流刑になった俊寛。そこへ、赦免状を持った使者・瀬尾せのおが現れ、都に残した俊寛の妻が殺されたことを告げる。

「俊寛は優しい温厚な人のように見えるが、根っこに反逆者の強さがある。島で暮らす間に角がとれていたが、瀬尾の存在に刺激を受け、よみがえってきます」

初役の頃は、父・十三代目仁左衛門のお手本を追いかけるだけで精いっぱいだったが、経験を重ねていくうち、自分なりの「俊寛像」を見つけていった。

「瀬尾への怒りは決して発作的なものではない。俊寛は瀬尾の後ろに、平清盛を見ている。謀反を起こした反逆の人だということを忘れないように勤めます」

「初役の頃は、俊寛が反逆者で瀬尾の後ろに清盛を見ていることなど考えなかったし、父にも教わらなかった。昔の稽古は深い心理描写は教えないものです。回数を重ねるうちに、自分なりの俊寛像が生まれてきました」と語る=川崎公太撮影

理想は「お客さまを物語世界に引き込み、今、まさに現場の中にいると感じてもらえるような芝居」だという。瀬尾をあやめた俊寛は、ひとり島に残ることを決意して船を見送りながらも、諦めきれない煩悩に苦しむ。義太夫節の詞章では〈思い切っても凡夫ぼんぷ心〉。それでも、幕切れでは「執着のすべてが洗い流され、仏のような姿になります」。

千鳥役は孫の千之助。義太夫狂言の面白さと難しさを伝えていくつもりだ。

「私たちの子ども時代は長い時間を劇場で過ごし、義太夫の味が自然と体に染みこんでいた。今の若手は学業との両立に忙しい。教えなければ染まっていかない。厳しく指導して、どこまで変わってくれるか。重ねた本番の数だけ成長してくれると信じています」

大阪松竹座開場100周年記念七月大歌舞伎

〔2023年〕7月3~25日、大阪松竹座。昼の部(午前11時開演)は、坂東弥十郎、中村亀鶴、隼人、片岡千之助、市川染五郎らによる「吉例寿曽我」、尾上菊之助の「京鹿子(かのこ)娘道成寺」、中村鴈治郎、扇雀、片岡孝太郎、松本幸四郎による「沼津」。夜の部(午後4時開演)は「俊寛」と鴈治郎、幸四郎らによる「吉原狐(ぎつね)」。(電)0570・000・489。

(2023年6月14日付 読売新聞夕刊大阪版より)

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