歌舞伎座(東京・東銀座)の「二月大歌舞伎」(2月1~25日)、第三部で『
1857年(安政4年)、市村座で『鼠小紋東君新形』の外題で初演されたこの作品は、明治・大正期に五代目、六代目の尾上菊五郎が鼠小僧次郎吉を演じ、1993年(平成5年)3月に、現在の菊五郎さんが鼠小僧を演じた。
心中しようとした刀屋の新吉と芸者のお元を助けた稲葉幸蔵こと鼠小僧次郎吉。彼らの窮地を救うため、鼠小僧は百両を盗む。数日後、幸蔵のもとにお元の弟、しじみ売りの三吉がやって来る。三吉が話したのは、百両の金が盗まれた金だということが分かり、新吉やお元がお縄になったということだった……。
「鼠小僧、というと『弱きを助け、強きをくじく』スカッとする物語を想像するでしょうが、この話は違います」と菊之助さんは説明する。
「庚申の夜に生を受けた人間は盗み癖がある、という言い伝えが江戸時代にはあった。(庚申の夜に生を受けた)鼠小僧次郎吉は親から捨てられることで、その悪縁をいったんは切ったのですが、『人助けをする』ために、宿命として盗みをするようになる。『因縁と業』に縛られた人間が、どうやったらそれを断ち切って人間が本来持っている真・善・美の心を取り戻して世の中を生きて行けるのか。黙阿弥さんが描きたかったのは、そういうことではないかと思う」とこの作品について話す。
黙阿弥がこの作品を描いた安政年間は台風が来たり地震があったり、「人々が苦しんだ時代」だった。コロナ禍で先が見えない現代も「状況は似ている」と思っている。
「単に音羽屋ゆかりの演目というだけでなく、『今の時代にやる意味』を考えた」と菊之助さん。「人はどう生きれば豊かな人生を送ることができるのか。大変な時代だからこそ、少しでも心に明かりを灯すことができれば」。そういう思いで、作品に取り組んでいるのだという。「『令和の鼠小僧』をどう作るのか、黙阿弥さんから宿題をいただいたと思っています」
見どころのひとつは、雪の中、三吉が占者に扮している鼠小僧のもとを訪れる場面。大正14年(1925)2月の市村座では、菊之助さんの曽祖父の六代目菊五郎が鼠小僧、祖父の七代目梅幸が三吉を演じた。
自宅でのけいこの時、なかなか寒そうな歩き方ができなかった梅幸は、雪の積もった庭に裸足のままで六代目に突き出されたという。「先日雪が降ったので、その寒さの感覚は丑之助にも分かったのではないでしょうか」と菊之助さん。さすがに裸足で雪の上を歩かせたりはしなかったそうだが。「せりふは大体覚えました」という丑之助さん。せりふは「お父さんが言って、それを繰り返し覚えた」そう。雪を歩くところは「お母さんが歩いたところをビデオに撮って、それを見返して練習している」そうだ。
今回、親子での共演にあたり、その時のブロマイドとほぼ同じ構図での役写真を撮影した。「歌舞伎は先人たちが築きあげてきたものがあってこそ成り立っている」と改めて感じたという。
黙阿弥らしい江戸の風情と七五調のせりふの芝居。「それが出せる役者になりなさい、という宿題も頂いていると感じている」と菊之助さんは話す。昨年11月に8歳になった丑之助さんの最近のお気に入りは「かぶき手帖」を見ることで、「僕よりも役者さんたちについては、詳しくなっているかもしれませんね」と目を細めた。
歌舞伎座「二月大歌舞伎」のサイトはこちら → https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/743
歌舞伎の公式データブック! 「かぶき手帖」についてはこちら → http://www.actors.or.jp/kyokai/jigyou/techou.html
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