日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2026.6.25

【秘仏 長年扉の奥に2】密教の仏像たち~三重・観菩提寺「十一面観音菩薩立像」ほか

三重・観菩提(かんぼだい)寺の重要文化財「十一面観音菩薩(ぼさつ)立像」。寺で開帳されるのは33年に1度だ=佐々木香輔氏撮影

寺院の扉の奥に安置され、普段は拝観できない仏像があります。それが「秘仏」です。一口に秘仏と言っても、時期を定めて開帳(公開)する仏像、不定期に開帳するもの、見た人がいない絶対秘仏など様々です。長い年月を経て残されてきた秘仏には、文化財を未来へ伝えるヒントが隠されているように思えます。その魅力と秘密に迫ります。

三重・観菩提寺「十一面観音菩薩立像」

「異様な、密教的な雰囲気があります」「(鑑賞するなんて)そんなものじゃないです」「もうほんと、頭下げるよりほかないみたいな、すさまじいものがあってね」

「異様な雰囲気」 白洲正子を圧倒

仏像を愛した随筆家の白洲正子(1910~98年)は、仏教彫刻研究者との対談(学習研究社刊「日本の美 十一面観音」)でこう述べた。三重県伊賀市の観菩提寺(真言宗豊山派)所蔵の重要文化財「十一面観音菩薩立像」を拝し、その存在感に圧倒されたという。

この像は寺の観音堂である「正月堂」に安置され、33年ごとに開帳される。厨子の中から姿を現す秘仏は神秘的な“霊気”を放ち、多くの参拝者を震わせてきた。

一木造りで2メートルを超える。十一面観音の腕は普通は2本だが、この像は6本。平安時代、9~10世紀の作とみられるが、その類例のない姿から、奈良時代の8世紀前半まで遡るとの説もある。

寺が作成したパンフレット「秘仏本尊考」には、「本尊は古来、厳重なる秘仏ですから これを読んで拝観に代えて下さい」と記される。寺は、725年に未開の地に創建された観音寺が始まりとされ、752年に東大寺のインド渡来僧の実忠和尚が観音堂を建立した。東大寺に属する民がこの地に出向き、本尊の十一面観音を崇拝しながら墾田開拓に取り組んだ。十一面観音はこの地域の開拓祖神であり、守護仏だったという。

33年ごとに開帳

菅生和光住職(83)は「観音さんの厳格な表情には、不屈の精神で厳しい開拓に立ち向かった民の精神が込められている。仏師がお像に込めた偉大で崇高な力を直接感じてほしい」と話す。

展覧会での一般公開を除いて、直近の寺での開帳は2015年で、次回はその33年後の48年となる。33という数字は、法華経観世音菩薩普門品(観音経)の中で、観音菩薩が33の姿に変身して人々を救うことに基づく。

正月堂は、正月に天下太平や五穀豊穣ほうじょうなどを祈願する修正会しゅしょうえが行われたことから、こう呼ばれている。境内の石段を上った所に立つ楼門、その奥の正月堂はいずれも室町建築の重要文化財で、檜皮葺ひわだぶきの屋根が美しい。正月堂の後ろの森には西国三十三所の写し霊場(ミニチュア版の霊場)も設けられており、秘仏を安置するのにふさわしいたたずまいだと感じた。

近寄りがたい厳かな雰囲気だ=佐々木香輔氏撮影

大阪・観心寺「如意輪観音菩薩像」

大阪府河内長野市の観心寺(高野山真言宗、遺跡ゆいせき本山)は毎年4月17、18の両日、国宝の秘仏本尊「如意輪観音菩薩像」を開帳する。

年に2日間だけ開帳される如意輪観音菩薩像=観心寺提供
年に2日間だけ開帳される如意輪観音菩薩像=観心寺提供
神秘的で荘重な姿

平安時代初期の密教美術の傑作とされる。カヤ材の一木造りで1メートルを超え、豊満な顔に切れの鋭い目や唇などが特徴的で、6本の腕や両脚も肉付きが豊かだ。生身の人間のような雰囲気があり、密教の仏像特有の神秘的で荘重な姿を伝える。長年、秘仏として外の空気に触れることがなく、全身や光背の火炎、台座の蓮弁に至るまで、鮮やかな彩色が残る。

毎年の開帳日には、全国から大勢の参拝者が訪れる。拝観は午前9時~午後4時。30分ごとに100人の入れ替え制で、今春〔2026年〕は2日間で計約4000人が参拝した。永島全教住職(56)は「大阪府内の国宝所在地をPRする大阪観光局のイベントもあり、土曜と重なった2日目は例年の倍近い方々が参拝された。本当にありがたい」と話していた。

大阪・観心寺の国宝「如意輪観音菩薩像」の開帳日に、今年も参拝者の長い列ができた(4月18日)

京都・仁和寺「薬師如来坐像」

京都市右京区の仁和寺(真言宗御室派総本山)は所蔵する国宝「薬師如来坐像」の精巧な複製(レプリカ)を作った。国宝は、展覧会を除いて寺で公開されることのない秘仏。目の不自由な人に複製に触れてもらい、その姿を少しでも感じてもらおうという試みだ。

仁和寺の国宝・薬師如来坐像のレプリカ。3Dプリンターを使って樹脂で精密に再現した

国宝は台座と光背を含めて高さ約25センチ。平安後期の作で、背後に日光・月光菩薩、円形の光背に7体の小さな薬師如来坐像、台座に十二神将が浮き彫りされている。

複製は樹脂製。寺は仏像や美術品のデジタル記録保存を進めており、その過程で取得した超高精細の3Dスキャンデータを使用し、3Dプリンターで出力した。細部まで精密に再現されている。

触れて感じる仏の姿 精密レプリカ

昨年6月には京都市内の特別支援学校で生徒たちが複製に触れる体験会が開かれた。その後、大阪・関西万博の会場でも展示された。寺はより多くの人に触れてもらいたいと、今後も要望があれば、体験会の機会を設けるという。

一般的に秘仏を所蔵する寺では、参詣者が秘仏の代わりに拝める「御前立おまえだち」を置くことがある。複製は、新しい形の御前立とも言えそうだ。

京都・仁和寺の国宝「薬師如来坐像(ざぞう)」。ほとんど公開されることのない秘仏だ

京都・東寺「二間観音」

京都市南区の東寺(教王護国寺、東寺真言宗総本山)に伝わる重要文化財「聖観音菩薩・梵天ぼんてん・帝釈天立像(二間ふたま観音)」は鎌倉時代に天皇が日常的に拝む念持仏として造られ、内裏の奥深くに安置された小さな秘仏だ。

修理が行われた京都・東寺の重要文化財「聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)」(2019年、京都国立博物館で)
天皇の小さな念持仏

聖観音は24・9センチ、梵天と帝釈天は各21・7センチ。香木の白檀びゃくだんを用いた緻密ちみつな彫刻で、彩色を施さない素地仕上げだ。衣には、細く切った金箔きんぱくを貼り付けて描く截金きりかね文様を施す。繊細な唐草文様を透かし彫りした金銅製の光背、華やかな彩色と截金が美しい台座など、当代一流の技術が凝縮された。

宮中の仁寿殿じじゅうでんで行われた天皇の身体健全を観音菩薩に祈る儀式「観音供かんのんぐ」の本尊で、後に清涼殿二間に移ったことから、二間観音と呼ばれるようになった。観音供は江戸時代に真言宗最大の儀式「後七日御修法ごしちにちみしほ」の中に組み込まれた。弘法大師空海が中心となり、国家安泰を祈る宮中の正月行事として始めたとされ、現在は東寺の灌頂院かんじょういんで毎年1月8~14日の7日間、非公開で営まれる。

後七日御修法を行うため、東寺の灌頂院に向かう僧たち

二間観音は内裏の火災のたびに移動を繰り返し、南北朝から室町時代には京都と吉野の間を動いた。今は東寺宝物館に収蔵される。

衣の截金や台座の彩色に浮き上がりが見られ、2019年に修理が行われた。文化庁、宮内庁、読売新聞社による「紡ぐプロジェクト」も修理費を助成した。修理中の調査で、仏像に金属棒が差し込まれていたことが判明。移動を前提に、厨子と一体化して造られたことが確認された。

東寺宝物館の新見康子文化財保護課長は「多くの人に文化財保護に関心を持ってもらうことを願い、春と秋の宝物館特別展で不定期に公開している」と話していた。

特別展「空海と真言の名宝」に出陳 来月から東京国立博物館で
普段は見られない秘仏だが、寺で開帳される以外に、展覧会で一般公開される貴重な機会もある。
東京国立博物館(東京・上野公園)で開催予定の特別展「空海と真言の名宝」(7月14日~9月6日)には9件11体の「秘仏」が出陳される。今回の紙面で紹介した観菩提寺の十一面観音菩薩立像、東寺の聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)、仁和寺の薬師如来坐像の3件5体も含まれる。
観菩提寺の十一面観音菩薩立像は、寺での開帳は33年に1度だが、2011年に東京・世田谷美術館の特別展でも公開され、多くの人の感動を呼んだ。

(2026年6月7日付 読売新聞朝刊より)

Share

0%

関連記事