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2026.4.4

時代物 語る醍醐味 -国立文楽劇場「菅原伝授手習かがみ

菅原道真の九州左遷と天満天神縁起を軸に、三つ子の兄弟(梅王丸、松王丸、桜丸)の悲劇的運命を描いた「菅原伝授手習かがみ」は、人形浄瑠璃史上の傑作として知られる。〔2026年〕4月の国立文楽劇場公演では、三、四段目のクライマックス「切場きりば」を太夫の最高格・切場語りが担う。両段通しての上演は大阪では9年ぶり。祖父の名演で知られる「寺子屋の段」を語る豊竹若太夫、「桜丸切腹の段」を初役で語る竹本錣太夫に時代物の醍醐だいご味を尋ねた。(編集委員 坂成美保)

語り出しが勝負 豊竹若太夫
写真=「舞台では熱心に耳を傾けているお客さんを見つけ、その人に向かって語るつもりで勤めます。ひとりに伝われば、周囲に伝播(でんぱ)していくので」=中原正純撮影

とよたけ・わかたゆう 1947年、大阪府生まれ。67年に入門、豊竹はなふさ太夫を名乗る。2017年、六代呂太夫を襲名。22年に切場語り。24年、十一代目若太夫襲名。

「マクラ1枚が勝負ですね」。マクラとは、曲の語り出し、導入部で、「寺子屋の段」は〈引き連れ急ぎ行く〉で始まる。「冒頭で客の心をつかみ、三味線弾きや人形遣いと同じ空気を共有していく」という。「その日の自分の声の状態を確かめる音調べにもなっています」

人間国宝だった祖父・十代目若太夫の十八番おはこだった曲。自身も9年前、前名の六代呂太夫襲名で語った。道真の子・菅秀才を助けるため、我が子を身代わりにした松王丸、松王丸の子を殺し、菅秀才の偽首として差し出す源蔵。緊迫した首実検の場面で、複雑な心理をイキ一つ、絶妙なで表現する。

繰り返し聞く録音テープに学んだ祖父の迫力、息をパッと勢いよく出す技法、師匠・竹本越路太夫に学んだ巧みな口さばきを、自身の芸として融合させることを目標に掲げている。

「寺子屋の段」の一場面

「声をひそめて」「頭を傾けて」。師匠方に教わった細部のパーツが一気につながっていく瞬間を、近年は舞台で度々経験するようになった。

「若い頃は大声を出そうと気張って、声を潰した。ようやく最近、声が自分の身体から離れて客席に届く感覚がわかってきた」。若太夫の代名詞ともいえるこの曲を「今までの集大成として勤めたい」という。

7月の「浄瑠璃の会」では、普段組まない若い三味線弾きとのコンビで「仮名手本忠臣蔵・早野勘平腹切の段」を披露する。「次世代の三味線弾きに切場を経験させ、育てていかなくては」と文楽界全体の底上げも目指している。

人物 鮮明に描く 竹本錣太夫
「わざと間を崩して、自由自在に語る技を持つのは限られた名人。私はあくまでも基本に忠実でありたい」=河村道浩撮影

たけもと・しころだゆう 1949年、広島県生まれ。69年、竹本津太夫に入門、竹本津駒太夫を名乗る。2020年、六代目錣太夫を襲名。22年、切場語り。

まだ前髪を残した若き桜丸とその妻・八重、父・白太夫しらたゆう――三者三様の悲しみの表現に心を砕く。義太夫節の神髄は「戯曲に書かれた人物をクリアに描くこと。そして面白く、分かりやすくお客様にプレゼントすること」と考えてきた。

人形なしの素浄瑠璃で語る勉強会のために、亡き師匠・五代豊竹呂太夫に「桜丸切腹の段」を習った時は40歳代だった。「基本に忠実に、型を崩さないこと。ゆがんだ間やずれた音程はプロの仕事ではない」と教えられた。

「桜丸切腹の段」の一場面=いずれも国立文楽劇場提供

道真の養女・苅屋姫かりやひめの恋の手引きをして、道真左遷の原因をつくった責任を取り、桜丸は死を選ぶ。切腹する息子を白太夫が介錯かいしゃくする。終盤、白太夫と八重が「泣くない」「あい」と愁嘆する場面では、多くの観客が感極まって涙をこぼす。

節、間、音程、声の強さ、感情の爆発……。語り手にとっては、乗り越えるハードルが高い山場が続く。「細やかな表現の一つ一つを整理できなければ、作品として成立しなくなる」

喜寿を迎え、体力の衰えにも向き合う。舞台で心がけているのは「腰に力を入れて肩の力を抜くこと」。力むとかえって声は出なくなるという。

忠義のために命をささげる、救いのない悲劇。いま上演する意味も考える。「人間は、哀れで、小さく、弱い生き物。一方、時の流れは無限で、人は運命にあらがえない。作者はそのことを突きつけているのかもしれません」

4月文楽公演 4~26日、大阪・国立文楽劇場。第1、2部は「菅原伝授手習鑑」。3部は「二人禿かむろ」「ひらかな盛衰記」。☎0570・07・9900。

(2026年3月25日付 読売新聞朝刊より)

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