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2026.4.3

【工芸の郷から】大堀相馬焼(福島県)― 300年の歴史「震災に負けない」

「錨屋窯」の山田慎一さん(左)と妻の苗美さん

福島県浪江町の大堀地区で作られてきた焼き物だ。江戸中期・元禄年間に始まり、300年以上の歴史がある。相馬藩士の半谷休閑はんがいきゅうかんが下僕の製陶技術を見込んで売り出したのが起こりとされ、江戸末期には窯元が100戸を超えたと伝わる。

東日本大震災後、避難先の同県白河市で「錨屋窯いかりやがま」を構える山田慎一さん(55)に、大堀相馬焼を特徴付ける「走り駒」と呼ばれる馬の描き方を見せてもらった。最初にたてがみと尻尾を平らな筆で描き、細い面相筆で素早く輪郭線を引く。仕上げに馬を塗る際は「筋肉の質感が伝わるよう立体感を出すことを心がけている」という。

「走り駒」と呼ばれる馬の絵付けをする

相馬藩の「御神馬」を表した縁起の良いモチーフは、うま年の今年にピッタリだ。絵付けの技法だけでなく、青磁ゆうが施された器に広がる「青ひび」と呼ばれる貫入も、大堀相馬焼の代名詞となっている。粘土と上薬の収縮率の差から生じ、焼成した器を冷ます際に聞こえる繊細な「貫入音」は、「うつくしまの音30景」にも選ばれた。熱い液体を注ぐ湯飲みなどには、器の表面に熱さが伝わりにくく手に持ちやすい二重構造も採用されている。

冠婚葬祭用の食器をそろえる家庭も珍しくなかった高度成長期に、多くの職人を抱える窯元もあったといい、1978年には「大堀相馬焼」として国の伝統的工芸品に指定された。

しかし、2011年3月に発生した東日本大震災と福島第一原発事故により、産地は苦境に立たされる。浪江町全域に避難指示が出され、町民たちは各地に散り散りとなった。大堀相馬焼協同組合に所属する窯元は、震災前の23戸から激減し、現在は山田さんも含めて7戸が福島県内の避難先で制作を続ける。

山田さんは「時間がかかっても産地としてのにぎわいを取り戻したい」と、この春にも、大堀地区の工房を修繕し、再稼働させることを目指す。若手の育成にも取り組む。

江戸時代の創始者の子孫として、同県二本松市に「休閑窯」を構える同組合理事長の半谷秀辰ひでときさん(72)は「大堀の人々は『負けてたまるか』というしぶとさを持っている。浪江町が誇る伝統工芸は困難に耐えてなお生き続ける」と力を込めた。(文化部 竹内和佳子)

(2026年2月25日付 読売新聞朝刊より)

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