皇居三の丸尚蔵館の書跡コレクションは優品が多い。中でも屈指の名品として名高いのがこの国宝「粘葉本和漢朗詠集」である。1878年(明治11年)に近衞忠煕より皇室に献上された。
その名が示すように、料紙を二つ折りにして、折り目近くを糊で貼りあわせた小さな「粘葉装」の冊子本であることから、この名前で呼ばれる。
筆者は藤原行成と伝わるが確証はなく、料紙装飾とその書風から11世紀半ばの書写と推定される。「高野切本古今和歌集」第三種、「近衛本和漢朗詠集」ほか一群の同筆遺品を残しており、この筆者は当代一と目される能書であったのであろう。このため、仮名の書を学ぶものは、まずこれを学ぶのが通例で「粘葉本」の名前で尊重されている。
この「粘葉本」の料紙は、飛鶴宝相華や亀甲、牡丹、花菱、鳳凰、雲鶴などの文様を膠漢字で溶いた雲母(花こう岩の中にある鉱物)の粉で摺りだした、舶載の美しい唐紙を用いている。
「源氏物語」にも「唐かみ」の記述があり、平安時代には北宋からの渡来品として宮廷貴族に珍重された。繊維の短い竹を細かく砕いて漉きあげたもので、竹の産地であった蜀の地方で作られたと考えられる。これに強度と円滑さを加えるため、表面は、貝殻を潰して粉にした胡粉を薄茶・黄・赤・藍などに着色し、膠の溶液でのばして引き染めにする。
この紙を上下2帖の冊子に仕立て、藤原公任が宮中での朗詠に適した漢詩や和歌を撰述した「和漢朗詠集」を書写したものである。
当代屈指の能書であっても、この華麗な粘葉装の料紙を前にして、最初は緊張したことがうかがえ、冒頭の歌題を書いた部分では、慎重に筆を運んでおり、端正な楷書に終始する。やがて、筆が馴染むにしたがって優美で流麗な行書に草書を交えながら、華麗な料紙と調和しつつ巧みな和歌や漢詩を書き連ねている。文学を鑑賞するとともに、文字が織り成す筆線の美と料紙の美に心を奪われた宮廷貴族の姿を彷彿とさせる。
この秋、当館のグランドオープン以降、その美をぜひご堪能いただきたい。
(皇居三の丸尚蔵館長 島谷弘幸)
(2026年3月1日付 読売新聞朝刊より)