2025.10.10
【皇室の美】松岡映丘「富嶽茶園」― 富士山と茶園 みずみずしく
皇室の名宝―静岡ゆかりの品々とともに(佐野美術館)
富嶽茶園 松岡映丘 1928年(昭和3年)皇居三の丸尚蔵館収蔵
富嶽(富士山)と茶園。静岡県を象徴するふたつのモチーフを中心とした駿河湾の眺望を、群青と緑青を基調に描き出した作品です。近景は牧之原台地の上に広がる大茶園。1869年(明治2年)徳川幕府の旧幕臣たちが開拓した茶園で、日本を代表する広さと出荷量を誇ります。左の図版では細部が見えにくいですが、絵の中では3人の女性が鋏を手に茶を摘んでいます。茶摘みの風景は日本の唱歌「茶摘」において「夏も近づく八十八夜。野にも山にも若葉が茂る」とうたわれました。八十八夜は立春から数えて88日目の5月初旬。女性たちの後ろでは桐の花が咲き、若々しい緑に覆われた山々がこの季節をよく表しています。
初夏の清々しい風に乗るような気持ちで牧之原台地から中景へと目を転じると、南アルプスに源流をもつ、広い川幅の大井川がみえます。その近くを走るのは1927年(昭和2年)に開通した大井川鉄道の蒸気機関車。翌年に架設された大井川橋梁の下には青々とした川が流れています。少し下流を見ると日の光を反射した川の様子が、薄いブルーに雲母という絵の具を重ね塗りして、まさにきらきらと表現されています。
画面上部には富士山と名勝、三保松原が配されます。伝統的な帆船と新しい時代の汽船が浮かぶ駿河湾にも、日差しがきらきらと輝いています。富士山の手前の麓に山々を置いて駿河湾と三保松原を描くこの構図は、古くは室町時代の水墨画家雪舟が描いたと伝えられる「富士三保清見寺図」を淵源とし、狩野探幽や司馬江漢などが描き継いできたイメージの流れにあります。作者の松岡映丘(1881~1938年)は現地取材を重ねつつ、伝統的な山水画と融合した作品を誕生させたのでしょう。
本図は、1928年(昭和3年)、昭和天皇の大礼に際し、静岡県茶業組合連合会議所の会頭、中村圓一郎を代表として皇室に献上されたものです。中村は明治から昭和に活躍した実業家で、牧之原台地の開発、茶の輸送にも役立つ大井川鉄道の開設、また万博における日本の産業の普及など産業振興に貢献しました。本図は大きく近代化しつつある静岡県の一時期をみずみずしく切り取った記念すべき一品です。
(皇居三の丸尚蔵館 上席研究員 瀬谷愛)
皇居三の丸尚蔵館展 皇室の名宝―静岡ゆかりの品々とともに
【会 期】〔2025年〕11月3日(月・祝)まで
【休館日】木曜日
【会 場】佐野美術館(静岡県三島市中田町)
【観覧料】一般・大学生1300円、小・中・高校生650円など
【問い合わせ】055・975・7278
※「富嶽茶園」は本展で通期展示されます。
(2025年10月5日 読売新聞朝刊より)