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2023.9.13

【歌舞伎座インタビュー】「自分を通して『叔父の芸』をお見せできれば。来年以降も『秀山祭』が開催できるように頑張って勤めたい」―「秀山祭九月大歌舞伎」に出演中の松本幸四郎さん

東京・東銀座の歌舞伎座で〔2023年9月〕25日まで開催されている「秀山祭九月大歌舞伎」は、2021年11月に亡くなった二世中村吉右衛門さんの三回忌追善興行である。二世吉右衛門さんの兄、松本白鸚はくおうさんらゆかりの俳優が多数出演する中で、ひときわ奮闘が目立つのが、おいの松本幸四郎さん。二世吉右衛門さんが得意としていた『土蜘つちぐも』と『一本刀土俵入いっぽんがたなどひょういり』にいずれも初役で挑んでいる。(聞き手は事業局専門委員・田中聡)

「叔父の芸」を感じていただけるとうれしい

―― 今回の「秀山祭」は、『土蜘』の叡山の僧智籌ちちゅう実は土蜘の精と『一本刀土俵入』の駒形茂兵衛の二役。ちょっと驚いたのは、夜の部の茂兵衛です。前半は駆け出しの取的で後半は渡世人、デカくてゴツいイメージですからね。幸四郎さんはこれまで、どちらかというと2枚目の優男の役が多かったですから。

幸四郎 そうですね。私も驚きました(笑)。ただ、叔父の追善ですから、当り役である茂兵衛を演じることができるのはありがたいです。自分を通して、少しでも「叔父の芸」をみなさんに感じていただけるとうれしいです。

令和5年9月歌舞伎座『一本刀土俵入』駒形茂兵衛=松本幸四郎(©松竹)

―― 生前の吉右衛門さんから、この役について何かうかがっているんですか。

幸四郎 「自分で勉強して」と言われたぐらいで細かいことはうかがっていませんが、(前半に登場する安孫子屋の)料理人や(後半で登場する渡世人の)根吉役などで間近に叔父の芝居を見てきました。古典と違って、きっちり型があるようなものではありませんので、今回お借りした叔父の台本に基づいて、自分なりに役を作っていこうと思っています。

令和5年9月歌舞伎座『一本刀土俵入』駒形茂兵衛=松本幸四郎(©松竹)

―― 前半がちょっと頼りない若者で後半が立派な大人。そういう構成は、昨年4月に演じられた『荒川の佐吉』とも似ていますね。

幸四郎 あちらは、子どもから大人への「変わり目」がきっちりと芝居の中で描かれています。こちらは、10年という年月がたっての場面転換ですから、同じ人物だけれど、まったく別人のようになって再び登場する。とはいっても、茂兵衛は10年前の純朴な気持ちを無くさずにもっているわけですよね。いろいろあって「横綱」になる夢が破れて堅気でなくなってしまうのですが、情けを掛けてくれたお蔦さんへの恩は忘れていない。そういう「変わらぬ気持ち」を出して行ければ、と思っています。

『一本刀土俵入』は、侠客ものを多数手がけた長谷川伸の代表作のひとつ。親方に見放され、裸一貫で江戸に向かう取的・駒形茂兵衛を哀れに思い、取手宿・安孫子屋の酌婦・お蔦が金品を恵んでやる。10年後、博徒となった茂兵衛はお蔦に恩返しをしようと取手を訪れるのだが……。歌舞伎のほか、新国劇や大衆演劇などでの上演も多く、映画化もされている作品である。一方の『土蜘』は謡曲の『土蜘蛛』を原曲とする舞踊劇。明治14(1881)年、三世尾上菊五郎の追善狂言として、五世菊五郎によって初演された。音羽屋の家の芸「新古演劇十種」のひとつである

令和5年9月歌舞伎座『土蜘』叡山の僧智籌実は土蜘の精=松本幸四郎(©松竹)
プレッシャーがないと言えばウソ

―― 昼の部は、『土蜘』を初役でされますね。

幸四郎 それにしても思うのは、叔父の芸域の広さですね。義太夫狂言はもちろん、「新古演劇十種」のような舞踊劇から『一本刀土俵入』のような新歌舞伎まで幅広い演目で当り役を持っている。そういう演目を追善でやるわけですから、プレッシャーがないと言えばウソになります。

令和5年9月歌舞伎座『土蜘』叡山の僧智籌実は土蜘の精=松本幸四郎(©松竹)

―― 義太夫狂言の方は、人間国宝になられた中村歌六さんが中心になって、昼の部で『金閣寺』が上演されます。そこには「播磨屋」の若手が多数出演している。それは心強いことですね。

幸四郎 芝居は一人ではできませんからね。比較的年齢が近い若手が多くいるので、一本舞台を任せられる機会も多くなるでしょう。追善興行は、それを任せられる役者がそろってこそできるものだと思うので、今回も叔父の追善として「秀山祭」が開催できたことはありがたいことです。来年以降も毎年開催出来るようにしなければ、と思っています。

―― 吉右衛門さんの「当り役」を手がけてみて改めて思うこと、思い出すことってありますか。

幸四郎 『引窓』の南方十次兵衛をやらせていただいた時ですかね。涙を浮かべながらせりふをいう所があるんですが、「涙を浮かべる」という「形」やそこでの「セリフまわし」よりも、「気持ちを作ってやるのが大事なんだよ」と言っていただきました。役者にとって重要なのは、何よりも気持ち。もちろん、せりふを言う時に細い声や太い声を使い分けるなど、様々な技術は必要ですが、それを身につけたうえで「感情で」お芝居をしなければいけない。初代吉右衛門から流れるそういう「播磨屋の芸」を突き詰めていったのが叔父の芸だと思うんです。私があこがれたその芸を、自分の体を通して演じることで、知っていただけたら。そんなことを今、思っています。

「秀山祭九月大歌舞伎」の公演情報はこちら
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/827

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