2020.12.19

「利休好み」の畳、脈々と~京都・高室畳工業所

畳製作をする篠田初さん(左)と高室節生さん(京都市の高室畳工業所で)

安政6年(1859年)創業の「高室畳工業所」(京都市)は、千利休の流れをくむ茶道三千家の一つ、表千家の茶室に携わってきた。

昔ながらの藺草の良い部分だけを使う「中継ぎ表」の畳は、表千家で使われてきた。京都迎賓館でも採用された本藍染めの麻で作られた畳縁たたみべりは、利休が好んだ仕様だという。

京都迎賓館に敷かれた中継ぎ表の畳。中央で縦にうっすらと線が入っている

畳は、稲わらを交互に積み重ね、糸で縫い締めて畳床を形づくり、藺草を編んだ畳表を張って、畳縁を縫い付ける。部屋を正確に採寸し、畳を加工して敷き込むには高い技術が必要。同工業所では、京都迎賓館でも畳の形状が複雑な部屋の入り口などを担当した。

6代目の高室節生さんは「材料の手配が一番大変」と語る。稲藁が粉々になる機械での収穫が主流になり、畳の材料にできる長さの稲藁が手に入りにくくなった。手縫いの糸の生産者も廃業するなど、畳に触れる機会が少なくなるなか、厳しい状況が続いている。

後継者不足も深刻だが、同工業所は、次女の夫の篠田初さんが7代目を継いだ。「技を10受け継いだら、11、12にして、次の世代に引き継いでいきたい。畳は日本人のDNAに刻み込まれている特別な存在。その良さをもっとアピールしていきたい」と力を込めた。

(2020年12月6日読売新聞より掲載)

 

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