東京国立博物館が所蔵する国宝「普賢菩薩像」が約100年ぶりに本格的な修理を終えた。平安時代に貴族らから信仰を集めた普賢菩薩を描いた仏画の最高傑作は、経年による傷みが進んでいただけでなく、一時は海外流出の危機もあったと伝わる。2019年度からスタートした「紡ぐプロジェクト」修理助成対象事業として3年間にわたった修理を終えて、次世代へ守り受け継がれる。当初の見込みを超えて長期間にわたった修理の経緯を、東京国立博物館、学識者、修理を担当した技師らに聞いた。
古い肌裏紙を除去する際には、事前に本紙の表面に化繊紙を貼って本紙全体を保護する「表打ち」を施す。本紙を傷めずに古い肌裏紙や補修紙を安全に除去するための一時的な措置だ。接着剤には十分な接着力を持ちながら、修理終了後に容易に取り除ける
修理にあたってきた技師たちを感動させたのは、裏面を新しい肌裏紙に貼り替えて、表面の「表打ち紙」を取り除いた瞬間だったという。
新しい肌裏紙で裏打ちを終えて、本紙を表側に返して板に固定し、水を塗布しながら表打ち紙を少しずつ除去していくと、約8か月ぶりに普賢菩薩像が姿を現した。除去しきれなかった色糊や新しい肌裏紙の色合いなどは、修理前と大きな変化なく抑えられた。
さらに「多くの補修材を取り除いたことでオリジナルに近い状態となり、修理前に比べ、作品の持つ力強さがより感じられるようになった」と土屋技師長は説明する。長い修理工程の中で、最も感動し、ほっとした瞬間でもあった。
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本紙と表装の素材をつなぎ合わせ、掛け軸の形にする「切り継ぎ」を経て、修理は最終段階に近づく。その後に全体のバランスを見ながら新たに補った絹に色づけをする「補彩」の作業を行う。
粉末状の色材と
宇和川史彦技師長は「新たに補った絹が周りの色と合うように徐々に色を濃くしていく。背景部分下部の大きな欠損は、補彩を施す部分が大きいので他の部分に比べ重たい印象にならないよう注意した」と語った。
補彩の工程では、修理委員会が何度も検討と確認を重ねながら慎重に作業を進めていった。
(修理写真は半田九清堂提供)
修理前の掛け軸の軸棒の両端、円筒形部分の「
新調した軸首=写真=は銅製で、金メッキを施し、小口部分には普賢菩薩像の衣の裾に描かれた
デザインを担当した下田純平主任技師は「国宝の仏画にふさわしい、品のある軸首を目指した。平安期に見られる文様から数種類の案をつくり、最終的にこの軸首に決まった」と話す。
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3年間に及ぶ修理が完了し、ほっとしている。修理はこの絵が描かれた当初からあったオリジナル部分を、より見えやすくするという方針で進めた。過去の修理で加えられてきたものを可能な限り取り除き、元の姿に近づける作業といっていい。色糊や補修紙の除去、補彩にあたっては委員の間で議論を尽くした。
絵画全体を支えている細密部をぜひ見てほしい。平安時代の人が「このような絵にしたい」と願ったものに近くなったと私は思っている。ご覧になった皆さんがどう感じるか、聞かせていただけたらありがたい。
普賢菩薩は法華経を信じる者を
東京国立博物館で4月11日から展示
修理委員会メンバーのトークイベントも東京国立博物館は、国宝「普賢菩薩像」を〔2023年〕4月11日から5月7日まで、本館の国宝室で展示する。
修理の概要をまとめた「国宝 普賢菩薩像 令和の大修理全記録」(東京美術)を販売、4月15日には同博物館大講堂でトークイベントを開く。「なぜ修理が必要なのか」「修理のポイントとなった工程」「修理後の見どころ」など、修理委員会のメンバーから話を聞く。
観覧料は一般1000円、大学生500円。特別展「東福寺」のチケットでも観覧できる。問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。
トークイベントは4月15日午後1時から。無料。申し込みは「紡ぐプロジェクト」公式サイトで受け付ける(応募者多数の場合は抽選)。
(2023年3月5日付 読売新聞朝刊より)
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