2021.3.31

【大人の教養・日本庭園の時間】<桜スペシャル>八重桜、枝垂れ桜…サクラを伝える庭師の技

「大人の教養・日本庭園の時間」特別編、桜スペシャル。京都・南禅寺などの古刹こさつを手がける造園会社「植彌加藤造園うえやかとうぞうえん」の山田咲さんが今回紹介するのは、日本庭園でよく見られる桜の種類やその扱い方です。今年の花見は、ひと味違う楽しみ方ができるかも?


南禅寺のソメイヨシノ ©植彌加藤造園
野生のサクラ、人工のサクラ

前回は、日本人にとって桜が特別な植物になってきた歴史についてお話ししました。今回は、今私たちが目にする桜の種類が、人の手でいかに多様になってきたかに注目してみましょう。

世界に分布するサクラ類は約100種ありますが、そのうち、日本に自生する野生の桜は10種です(沖縄県石垣島に自生するとされるカンヒザクラを含めると11種)。自生種には「変種」と呼ばれる地域差も存在しますが、日本古来の栽培品種の桜は、この10種の野生種のいずれかを親にもっていることになります。

一方で、前回の「花見」でも少し触れましたが、現在私たちが観賞する多様な栽培品種の桜のほとんどは、江戸時代以降に生まれたと考えられています。しかし、平安時代の文献には、すでに「八重桜」のほか「糸櫻いとざくら」や「しだり櫻(枝垂しだれ桜)」という名称があらわれており、当時から栽培されていたことがわかっています。

接ぎ木で栽培される八重桜

八重桜については、接ぎ木で栽培されていたことも記録されていますが、これは八重桜の子どもが必ず八重になるとは限らないためです。

ヤエザクラ

八重咲きの桜には、雄しべや雌しべが花びらに変異しているために実を結ばないものがあります。こういった品種は、自然界では絶えてしまいますが、人が接ぎ木をすることで保存されています。

現在もっとも親しまれている八重桜の品種のひとつに、「普賢象」があります。文献によれば、普賢菩薩ぼさつをまつる鎌倉のお堂の前にあった桜の名木を「普賢堂」と呼んだことがはじまりだそうですが、のちにその白い花を普賢菩薩が乗る白象の鼻に見立てて「普賢象」と呼ぶようになり、この名前が定着したようです。

この桜は、室町時代には名花として知られており、京都の千本閻魔えんま堂にあった「普賢象」の枝が、将軍・足利義満に献上されたという伝説も残っています。

この「普賢象」も、雄しべや雌しべが花びらに変異している品種のひとつです。室町時代以前の「普賢象」が現在と同じ姿をしていたという証拠はなく、何代にもわたって植え替えられているうちに、現在の「普賢象」に変化してきたと考えられています。それでも、美しい花への感動が品種名として受け継がれていることを考えれば、桜の花は私たちに、目の前に咲く花の美しさだけでなく、数百年も前の人たちが覚えた感動をも思い起こさせます。

平安時代から続く枝垂れ桜

一方、枝垂れる性質は遺伝するので、現代の枝垂れ桜が平安時代の文献に記されている桜の子孫である可能性は高いと言われています。

シダレザクラ

枝垂れ桜は、10種の野生種のうち「エドヒガン」という種に分類されますが、野生のエドヒガンには、枝垂れる樹形を持つものは見つかっていません。木が成長する時は、植物ホルモンの作用によって枝を硬くし、重力に逆らって上に伸ばします。枝が垂れるというのは、ホルモンに何らかの異常があるということ。野生で枝垂れる個体が見つかっていない理由は、枝垂れる性質が劣性遺伝であることに加え、枝葉を上に伸ばす個体と比較して日照を得にくく、競争力が弱く枯れてしまうためと考えられています。

ですので枝垂れ桜というのは、偶然、発見された個体を人の手で代々育ててきたために現代まで引き継がれているのです。

今に伝わる荒川堤コレクション

江戸時代に入ると、当時出版された書籍に「江戸桜」や「あり明」「楊貴妃」といった現在でも伝わる栽培品種と同じ名称の桜が記載されています。これらは、江戸時代に生まれた桜の栽培品種です。

この時代の品種は、大名屋敷を中心に育てられていました。明治維新後の社会の変化とともに大名屋敷の庭園は失われ、ともに消えてしまった栽培品種もあったものと考えられます。そのような状況のなか、東京府江北村(現・足立区)の村長であった清水謙吾は、江戸時代から伝わる桜を集めて保存することを計画し、荒川堤に78種3000本の桜を植栽しました。

荒川堤は明治後期から「五色の桜」として花見の名所となり、1924年(大正13年)には、国の名勝にも指定されましたが、堤防の改修などによって桜は減少し、戦時中には絶えてしまいました。現在に伝わる栽培品種の多くは、荒川堤に植えられたものから始まっていると考えられており、桜の栽培品種の分類学の発展には、荒川堤のコレクションの存在が大きく寄与しています。

難しい桜の管理

最後に、庭師の視点で桜の栽培についてもお伝えしましょう。野生の桜は、成長にともない自然淘汰によって数が減っていきますが、植栽された桜については適切な管理が必要です。

樹木剪定を準備する様子   ©植彌加藤造園

桜の管理は、実はとても難しいのです。桜の管理でよく言われる言葉に、「桜きる馬鹿、梅きらぬ馬鹿」という言葉があります。これは、梅は余計な枝を切らないと、良い花実が付かなくなるけれど、桜は腐朽菌に弱いので、切ったところから腐って枯れてしまうため、それぞれの樹木の性質に合った剪定せんていをすべきことを示す言葉だとされています。

しかしながら、桜の剪定を避ける方が良い本当の理由は、剪定によって花付きが悪くなるからなのです。

桜の枝には、1年で数十センチメートル伸びる長枝と、1年で1センチメートルも伸びない短枝の2種類があります。そして、ほとんどの花芽かがは長枝ではなく短枝につきます。しかし剪定では、樹形を整えるためには花芽の少ない長枝を育てるように仕立てることになるので、花芽を多く付ける短枝が切られてしまい、剪定後の数年間は花が少なくなってしまうのです。一方で、樹勢が衰えた場合などは、適切な剪定は樹勢回復につながる手当てとなります。 

桜の木はいわゆる陽樹であり、十分な日照が必要ですが、街中の植栽などは建物の陰になるような場所にあったり、列植された桜が育って隣の木の枝の陰に入ってしまっている状況を目にします。また、舗装などによって十分に根を伸ばせないことも少なくありません。そのような環境では、桜の樹勢が衰えてしまうこともあります。

景色全体の統一を

このように、栽培品種として多くの種類が発展してきた桜ですが、全般的に他の樹種と比べて成長が早く、庭園の中で周囲の樹木と関係性を保つための技術が必要です。例えば、桜が大きく枝を伸ばしすぎて、隣のモミジの枝とぶつかってしまったり、逆に伸びすぎた結果、日陰になってしまったり。しっかりとした空間構成の計画を立ててから植えないと、景色全体の統一がとれません。さらには、害虫が付きやすいので、こまめな管理も必要です。

庭園に咲く桜を見たときには、その1本の木だけでなく、何代にもわたってその美しい花を守り伝えてきた先人たちにも思いを馳せてみてください。若い木であったとしても、何百年もかけて、人の手で守られてきた品種かもしれません。そして、今の庭師たちによって、その品種は未来へと引き継がれているのです。この春は、人と桜の織りなす世界を楽しんでいただければと思います。

参考文献―――
勝木俊雄 (2015) . 桜. 岩波書店

京都の桜のおすすめスポット!

■妙心寺退蔵院
http://www.taizoin.com/
庭園に入ってすぐに向けてくれる「紅しだれ桜」は、まさに春爛漫を味わえるスポットです。

「日本庭園の楽しみ方」はこちら

山田咲

プロフィール

植彌加藤造園 知財企画部長

山田咲

1980年生まれ。東京都出身。慶応義塾大学文学部哲学科卒業、東京芸術大学大学院映像研究科修了。現在、京都で創業170余年の植彌加藤造園の知財企画部長を務める。国指定名勝無鄰菴をはじめ、世界遺産・高山寺、大阪市指定名勝の慶沢園などで、学術研究成果に基づいた文化財庭園の活用のモデルを推進。開発した[文化財の価値創造型運営サービス]が2020年度グッドデザイン賞受賞。他方で舞台芸術作品の制作などにも関わり、文化的領域を横断した活動を続けている。

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