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2021.8.25

【原材料のいま②】和紙のネリ材づくり~「修理に貢献、やりがいに」

国宝、重要文化財など日本の美や歴史を伝える貴重な美術品の修理、保存作業に必要な原材料が、生産者の高齢化、後継者不足のため、年々、調達が難しくなっています。修理を支える技術者と生産者の現状と、支援に乗り出した文化庁の「文化財のたくみプロジェクト」を紹介します。

トロロアオイ〔和紙のネリ材〕

トロロアオイの芽掻き作業を行う田上さん(茨城県小美玉市で)
炎天下の作業 

「根に栄養が十分に行き渡るように、不要な花や葉を摘んでいくんです」

ニラやレンコンなどの産地として知られる茨城県小美玉市。農家の田上進さん(66)が手がけるのはトロロアオイだ。手き和紙を作る際の「ネリ」に使われる根を十分に生育させ、秋に出荷するには、炎天下の夏の間の芽きなどの作業が欠かせない。

越前和紙(福井県)や美栖紙(奈良県)など、伝統的な和紙産地から需要が絶えないが、生産農家は田上さんを含めて7軒だけ。除草剤が使えず、手作業での草むしりが必要など栽培の難しさに加え、労働量に見合う収入が得られないことも、後継者育成を困難にしている。

美栖紙を漉く

かつては調理用のつなぎとしても重宝されたトロロアオイだが、現在は用途が和紙に限られる。近年は紙漉きや文化財修理に携わる技術者らと直接の交流があり、「トロロアオイが文化財修理に貢献していると聞くと、やりがいを見いだせる」と話す。

2020年度は、文化庁からの補助金で収穫のための機械や肥料などを購入できた。

「行政の支援は非常にありがたい。若い人への技術継承など課題は多いが、トロロアオイを必要としてくれる人のために頑張りたい」

コウゾ〔和紙の原料〕

冷たい水でコウゾの不純物を取り除く寒ざらし
手漉き職人も自家栽培 

奈良県吉野町で作られ、国宝などの文化財修復に使われる和紙「宇陀うだ紙」。福西正行さん(60)は、江戸時代から続く6代目の手漉き和紙職人として伝統的な製法を厳格に継承し、国の「表具用手漉和紙(宇陀紙)製作」の選定保存技術保持者に認定されている。

そんな福西さんも毎年、希少な原材料の確保に苦労している。紙の原料となるコウゾは、茨城や高知の産地から取り寄せつつ、自家栽培で4割ほどまかなうが、手作業の芽掻きや草刈りは重労働で、獣害対策にも神経を使う。

自家栽培するコウゾの生育状況を確認する福西さん(奈良県吉野町で)

より深刻なのは、紙に混ぜるネリ(粘液)を抽出する落葉低木「ノリウツギ」の不足だ。樹皮を剥いで内皮をすり潰してネリとする。霧深い寒冷地で高品質なものが採取され、福西家は代々北海道産を使っているが、生産者の高齢化などで安定的な確保が難しくなっている。福西さんは今年、「期待した量の半分も確保できなかった」と言い、綱渡りの状態が続いている。

国も危機感を抱いている。7月には文化庁職員や福西さんらが北海道の産地に調査に赴き、生産者らに窮状を訴えた。福西さんは「国宝修理などの重要な用途に使われていることを理解してもらい、安定供給につなげたい」と話す。

全国各地の技術者が後継者問題にも直面する中、福西さんの娘、安理沙さん(30)が7代目を継承する決意を固めてくれたという。父娘で力を合わせ、原材料不足などの課題に向き合いながら、宇陀紙の伝統を守っていく。

(2021年8月22日読売新聞から)

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