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2019.11.13

【大人の教養・日本美術の時間】つやめく螺鈿の世界

(鮫島圭代筆)

1260年を超える長大な歴史を誇る奈良・東大寺。その倉庫として始まった正倉院には、聖武天皇の遺愛の品を始め、数々の宝物がおさめられ、悠久の時を超えて守り伝えられてきました。

なかでも華やかな宝物といえば、「螺鈿らでん」の装飾がほどこされた鏡や楽器です。

螺鈿とは何かご存じですか? 「螺鈿」の「螺」は「貝」、そして「鈿」は「物を飾る」という意味です。つまり「螺鈿」は、貝殻を使う装飾技法のことなのです。

材料として使うのは、遠く南方の海でとれる貝殻です。古くは、夜光貝やこうがい蝶貝ちょうがいなどを使い、近世になるとおもにあわびが使われました。

(鮫島圭代筆)

鮑の貝殻を見たことはありますか? 身が入っている内側の表面がきらきらと輝いていますね。螺鈿で使うのは、この光沢のある部分です。

この部分を薄く切り取って磨き、種々な文様の形に切り抜きます。そして平らに磨きあげ、木で作った箱などの表面にはめ込んだり、貼りつけたりします。

南方の海で育まれた貝殻を、高度な技術で数々の宝物へと昇華させてきたのです。

こうした螺鈿の技法は、古く奈良時代に、唐から日本に伝わりました。

白くつやめき、光があたると微妙に色合いを変える、奥ゆかしい輝きが魅力です。

平安時代以降、螺鈿は蒔絵まきえと併用されました。蒔絵とは、木で作った箱などに漆で文様を描き、漆が乾かないうちに金や銀などの粉をつけて模様にする装飾技法です。螺鈿と蒔絵を併用して、螺鈿のつやめきと金銀のきらめきという上品で華やかな工芸品が誕生したのです。

ここで、漆とは何か、基本を押さえておきましょう。

漆とは、ウルシノキという木の幹に傷をつけると出てくる樹液です。鎌で幹に傷をつけるとわずかに出てくる樹液を、ヘラなどですくい取ります。こうして集めた漆に、熱を加え、水分を蒸発させて使います。

漆で作られた一番身近なものといえば、味噌みそ汁のおわんでしょうか。木をくりぬいて作ったお椀に、漆を塗って固まったら表面を研ぎだす、という作業を何十回も繰り返して塗りあげていきます。漆はふつうの塗料のように水分が蒸発して「乾く」わけではなく、ほどよい温度と湿気のある場所に置いておくことで、ゆっくりと固まります。

こうした丹念かつ長時間の作業のすえ、引き込まれるような深い艶をたたえる漆器が生まれるのです。

漆器を蒔絵と螺鈿で装飾した品々が、平安時代の貴族の暮らしを彩ったのですね。

正倉院は古代楽器の宝庫

さあ、ここでもう一度、奈良時代へと歴史を巻き戻しましょう。

正倉院には、螺鈿をほどこした素晴らしい宝物がたくさん伝わっています。

まずご紹介するのは、「螺鈿紫檀五絃琵琶らでんしたんのごげんびわ」です。

奈良時代の天平勝宝8歳(756年)6月21日。聖武天皇が世を去り、四十九日を迎えたこの日に、妻の光明皇后が東大寺の大仏に天皇の身の回りの品々をはじめとする、六百数十点の宝物をおさめました。その品々を記載したリスト「国家珍宝帳こっかちんぽうちょう」が、今に伝わっています。

「螺鈿紫檀五絃琵琶」もそのリストに載っています。

正倉院は、古代楽器の宝庫でもあります。現地では失われてしまった古代中国や朝鮮半島の楽器も守り伝えられてきたのです。五絃琵琶という楽器の起源は古代インドで、中国に伝わり、唐で完成されました。正倉院に伝わるこの宝物は、なんと今に残る世界でただ一つの五絃琵琶です。

華麗な装飾が施され、天上世界の楽器ともいうべき究極の造形美をたたえています。しかも聖武天皇の遺愛の品として伝わっており、膝に抱いてつま弾いた様子さえ想像できるようです。

ばちを受ける部分には、ふたこぶラクダに乗って琵琶を演奏する人物や熱帯の木が、つややかな螺鈿で表されています。はるか西方からシルクロードを通って、遠い異国の音楽が伝えられたことを想像させる、ロマン漂うデザインですね。

そして裏面には、螺鈿で「宝相華ほうそうげ」や「含綬鳥がんじゅちょう」が表されていてとても華やかです。宝相華とは、天上世界に咲くという空想上の花の文様。そして、含綬鳥とは、くちばしにリボンなどをくわえる鳥を表したおめでたい文様です。

こんな豪華で精巧な品が、1260年以上前に作られたとは驚きですね。古代東洋の工芸史上、最高傑作といわれます。

平螺鈿背八角鏡 唐時代・8世紀 正倉院宝物

次に、「平螺鈿背八角鏡へいらでんはいのはっかくきょう」をご紹介しましょう。こちらも「国家珍宝帳」に記載されている宝物です。

唐で作られ、正倉院に伝わりました。花のような形をしていて、銅でできており、琥珀こはくと螺鈿を貼り付けて、空想上の花「宝相華」が咲き乱れる様子を表し、すきまにトルコ石の小さなかけらをはめ込んでいます。まさに南海のきらめきをちりばめたような美しさです。

東京国立博物館で11月24日(日)まで開催される「御即位記念特別展 正倉院の世界−皇室がまもり伝えた美−」展では、「平螺鈿背八角鏡」がご覧いただけます。この機会に、ため息の出るような華やかな名宝を間近にご覧ください。

【御即位記念特別展 正倉院の世界−皇室がまもり伝えた美−】
  • 東京国立博物館 2019年10月14日(月・祝)〜11月24日(日)

*平螺鈿背八角鏡は東京国立博物館にのみ展示

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鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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