2019.12.12

【大人の教養・日本美術の時間】知名度ナンバーワン! “画狂”北斎を知る

北斎(鮫島圭代筆)

今回のコラムの主役は、「浮世絵」の代名詞とも言うべき、世界で最もその名を知られた絵師、葛飾北斎かつしかほくさいです。富士山を描いた「冨嶽三十六景」のシリーズが有名ですね。

その中の一枚、「神奈川沖浪裏」は、「ザ・グレート・ウェーブ」と呼ばれ、一番有名な日本美術です。

北斎は、とにかく絵を描くことが大好きで、たぐいまれな才能の持ち主。そのうえ並々ならぬ向上心を持ち、もっとうまく描きたいと最晩年まで熱い情熱を持ち続けました。

その人柄はユーモアにあふれ、喧嘩けんかのエピソードも多く、まさにちゃきちゃきの江戸っ子。それでいて酒や煙草たばこはせず、甘党でお饅頭まんじゅうが好物だったというカワイイ一面も。その人生は面白いエピソードにあふれています。

墨一色でも大迫力 小説の挿絵でベストセラー連発!

6歳頃から絵を描き、絵師になりたいと憧れつつも、10代は貸本屋の小僧や版木を彫る仕事に精を出しました。そして19歳の時、ついに人気浮世絵師・勝川かつかわ春章しゅんしょうのもとに入門。20歳で浮世絵師としてデビューしたのです。

15年間ほど夢中で腕を磨き、勝川派の中堅絵師となりましたが、生活は貧しく、唐辛子や暦を売り歩いたこともあったとか。その最中に師匠に出くわし、気まずい思いをしたと伝わります。

そして師匠が他界した30代前半で勝川一門を離れました。その一因は、兄弟子との不仲ともいわれ、ある時、作品の出来を笑われて破り捨てられ、「いつか見返してやる」と奮起したとも伝えられています。

北斎はその後、人気作家・曲亭きょくてい馬琴ばきんなどの娯楽小説の挿絵を担当し、ベストセラーを連発しました。墨一色の版画にもかかわらず、奇抜な構図と細かい描写で大迫力を演出したのです。しかし馬琴とは天才同士ゆえか喧嘩が絶えず、ついには絶交したといわれます。

北斎は「席画せきが」、今でいうパフォーマンス・アートでも並々ならぬ才能を発揮しました。江戸・音羽の護国寺の境内に120畳もの紙を広げ、わらを束ねた特大の筆で巨大な達磨を描いて人々の度肝を抜いたのです。

その腕は天下に聞こえ、ついには将軍・徳川家斉いえなりの前で披露したといいます。北斎は持参した鶏の足に朱肉をつけて紙の上を歩かせ、呆気あっけにとられた人々に、「これ立田川の風景なり」と言ったと伝わります。鶏の足跡を、川を流れる赤い紅葉に見立てるとは、なんとも茶目ちゃめっ気がありますね。

生涯に93回も引っ越し 生活は困窮

北斎は大量の作品を手がけながら、その実、晩年までお金に苦労しました。

というのも、放蕩ほうとう者の孫にほとほと手を焼いていたうえ、絵以外のことには、てんで無頓着だったのです。

絵の具代には糸目をつけず、自炊せずに出前をとって暮らしたうえ、掃除が嫌いで引っ越し魔だったとか。90年の生涯になんと93回、ひどいときには1日に3回も引っ越したというから驚きですね。

天保の大飢饉ききんが起きたときには、そこらじゅうの紙に描いて売り、なんとか飢えをしのいだそうです。80歳の時には自宅で火事が起き、絵筆だけ持って、やはり絵師だった娘とともに命からがら逃げだしたといいます。

北斎は、90年の生涯で30個以上もの画号を使ったことでも知られます。画号とは、いわば絵師としての看板ですが、それをコロコロ変えるなんて、腕一本で勝負する天才らしい振る舞いですね。しかし時には、お金を工面するのが真の目的だったらしく、画号を弟子に売ったという話も残っています。

画号のネーミングセンスにはユーモアがあふれ、たとえば、自らを画に狂う老人と呼ぶ「画狂老人北斎」なんてものも。「九々蜃」という画号は、貧しい生活にきゅうきゅうとするという意味ともいわれます。

また、自らの信念を込めた画号もあり、たとえば、「北斎辰政」は北斗七星を意味します。逸話によれば、若い頃、江戸の柳嶋妙見というお寺にお参りした帰り道、近くに雷が落ちて田んぼに転げ落ち、この出来事以来、絵が売れ始めたため、北斗七星の化身・妙見菩薩のご霊験だと感謝してこの画号をつけたといいます

90歳で「あと10年、5年あれば本物の絵師になれただろうに…」

北斎は75歳の時に、絵師としての決意を記しました。「70歳までに描いた絵は取るに足りない。73歳でやっと鳥や獣、虫や魚の骨格や、草木が育つ様子がわかってきた。80歳になればもっと向上し、90歳で奥義を極め、100歳で神の域に達し、百何十歳になれば私の描く点も線も、すべてが生きているかのようになるだろう。願わくば長寿をつかさどる神よ、この言葉が偽りでないことを見ていておくれ」

多くの傑作を世に出しても、日本じゅうに大勢の弟子を抱えても、おごり高ぶることなく、どこまでもまっすぐに絵師としての仕事に邁進まいしんしたのですね。

その高い志ゆえに、80歳を過ぎてから「まだ猫一匹ろくに描けない」と涙をこぼしたとも伝わります。

そして90歳で亡くなる間際、こうつぶやいたといいます。「天があと10年、いや、5年生かしてくれたら、本物の絵師になれただろうに」

このように魅力あふれる天才絵師・北斎が残した傑作の数々は、江戸時代からすでにヨーロッパに紹介され、以来、世界中で愛されてきました。

東京都江戸東京博物館では2020年1月19日(日)まで「大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」が開催中です。ぜひお見逃しなく!

【大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演】

東京都江戸東京博物館  2019年11月19日(火)〜2020年1月19日(日)

公式サイトはこちら

https://dai-ukiyoe.jp/

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内で墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2019.11.19〜2020.1.19

※会期中展示替えあり

会場

東京都江戸東京博物館
東京都墨田区横網1-4-1

料金

一般 1400円
大学生、専門学校生 1120円
小学生、中学生、高校生、65歳以上 700円

※「大浮世絵展」のみの鑑賞料金。常設展共通券は料金が異なります。

休館日

月曜日(2020年1月13日は開館)
年末年始(2019年12月28日~2020年1月1日)

開館時間

9:30~17:30 (土曜日は9:30~19:30)
入館は閉館の30分前まで

お問い合わせ

03-3626-9974(代表)
※電話でのお問い合わせは9:00〜17:00(休館日を除く)

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