2020.12.24

【ソフィーの眼】金沢の伝統を継ぐ山村慎哉の漆器 際立つ幾何学デザインの美しさ

夜光貝丸文四方平箱(2017年)
H2 x W10.8 x D11.3 cm
(© Ippodo Gallery)

漆、真珠層、アワビの貝殻、象牙、極薄の貝殻、卵殻、金粉・銀粉・鉄粉……。山村慎哉氏のみやびた漆器は、手のひらにのせられるほど小ぶりでありながら、そこには貴重な素材が織り成す小宇宙群がある。

香合(2011年)
(© Victoria and Albert Museum, London)

1960年生まれの山村氏はもともと、デザインを学びたいと思っていた。しかし、 19歳の頃、 出生地の東京で、ある工芸展を見たのがきっかけとなり、目標が変わった。工芸展で目に留まったのは、卵殻で作られたシラサギ形の繊細な飾りを施してある箱だった。日本の漆芸家の最高峰、松田権六ごんろく(1896~1986年、金沢市生まれ)の作品だった。山村氏は金沢に移り、名門の金沢美術工芸大学で漆工芸を学ぶことにした。彼は今、この大学の教授である。金沢市はこの数百年間、国内の漆生産の中心地であり続けてきた。

山村慎哉 (© Ippodo Gallery)

漆は、ウルシの木の樹皮と幹の間にたまる樹液を採取して作られる。粘着性のこの液体には、特性がある。粘度がしっかりしているので理想的な接着剤になるし、固まるまでの時間が長めだ。結果、 丈夫で傷みにくく、耐水性や耐熱性があって、腐食にも強い塗膜ができあがるのだ(問題は直射日光に弱いということくらいだ) 。

漆は半透明で、顔料や粉末金属と混ぜることで、深みのあるつやをさらに引き立てることができる。平らで均質で美しい表面を仕上げるには、骨の折れる作業を慎重に進める必要がある。どの層も、多湿な環境で少なくとも一昼夜は乾燥させてから、様々な硬度の砥石といしで研いでいく。

日本の漆芸家は、螺鈿らでんから木目塗りやさび塗りに至るまで、精緻せいちを極めた数々の装飾法を考案してきた。その代表的な技法の一つが「蒔絵まきえ」である。漆が固まらないうちに、金粉を蒔きつける方法だ。「裏彩色うらざいしき」という技法もある。金や銀や色漆で極薄の貝の裏に色をつけ、見栄えをより良くする。山村氏はそのいずれをも駆使するが、箱作品の内側に蒔絵を施すことが多い。

文字螺鈿尻張香合(2014年)
H5.5×W5×L5 cm
(© Ippodo Gallery)

木地師きじし下地師したじし塗師ぬしといった専門技術者の分業制をとる漆器の伝統的な生産方法とは対照的に、山村氏はデザインと制作の全工程を自ら手がける。彼は形を決めることから始めるが、ヒノキを使った蓋付きの容器であることが多い。漆をほかの素材と組み合わせるところに、山村作品の特徴がある。

漆、卵殻/木(2000年)
H7.5×W4.9×D4.2 cm
金沢21世紀美術館蔵
(末正真礼生撮影)

山村氏は、素材そのものの特徴や色彩を際立たせることに努め、コントラストを大切にする。つややかで滑らかにせよ、粉っぽくて無光沢にせよ、彼の装飾は常に工夫に富み、出来栄えは見事というしかない。整理整頓が行き届き、広々としている彼の工房は、彫りと漆塗りのための二つのスペースに分かれている。そこで彼は工夫をめぐらし、様々な装飾法を考え出しては、試せるところまで試しているのだ。真珠層や薄い貝殻を切る時はダイヤモンドナイフを用い、実に精巧に仕上げる。

燿貝ようがい丸渦巻文四方箱(2015年)
H7×W7×L7 cm
(© Ippodo Gallery)

飾りの図柄が複雑なうえ、箱全体を覆うようなものであれば、その飾りを全体に等しくあしらうようにしなければならない。そのためには、箱と蓋を一体のものとして、漆で封じ込める必要がある。その後で、蓋を本体から切り離すのだ。山村氏はそのために、漆の表面に寸分の狂いもなくダイヤモンドワイヤで切り込みを入れられる装置を発明した。細いワイヤを用いることで、漆、金属、卵殻、真珠層の各層を傷めることなく切り通し、蓋を本体から切り離せるようにしたのだ。こうすることによって、切り離された蓋はスムーズに元の位置に戻るし、図柄がずれてしまうこともない。

山村氏はこのように素晴らしい技を駆使することによって、精巧かつユニークな幾何学デザインを創り出した。間隔の狭い色とりどりの同心円が、切り込みによって中断されることなくあしらわれているようなデザインがその一例だ。箱の作品は漆を30~40回重ね塗りする必要があり、層が一つ増えるたびに、乾燥させて丹念に磨かなければならない。時間がかかるこの作業は3か月ほど続くため、1年で制作できる作品の数は限られている。氏の作品は、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)、米国のロサンゼルス郡美術館(LACMA)、 金沢21世紀美術館などが所蔵している。

ソフィー・リチャード

プロフィール

美術史家

ソフィー・リチャード

仏プロヴァンス生まれ。エコール・ド・ルーヴル、パリ大学ソルボンヌ校で教育を受け、ニューヨークの美術界を経て、現在住むロンドンに移った。この15年間は度々訪日している。日本の美術と文化に熱心なあまり、日本各地の美術館を探索するようになり、これまでに訪れた美術館は全国で200か所近くを数える。日本の美術館について執筆した記事は、英国、米国、日本で読まれた。2014年に最初の著書が出版され、その後、邦訳「フランス人がときめいた日本の美術館」(集英社インターナショナル)も出版された。この本をもとにした同名のテレビ番組はBS11、TOKYOMX で放送。新著 The Art Lover’s Guide to Japanese Museums(増補新版・美術愛好家のための日本の美術館ガイド)は2019年7月刊行。2015年には、日本文化を広く伝えた功績をたたえられ、文化庁長官表彰を受けた。(写真©Frederic Aranda)

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