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2023.4.5

新たな価値を生み出す (截金ガラスと国文学) ― 源氏物語 原文から情景

「伝統文化の担い手 異分野からの刺激」(その3)

伝統文化をになう作家、演者らと異なる分野の専門家の交流から、新たな価値を生み出そうという動きが出てきている。人形浄瑠璃文楽人形遣いの桐竹勘十郎さん(70)と文楽人形に影響を受けたというロボット研究の第一人者、大阪大学教授の石黒浩さん(59)が対談。文化庁も「伝統工芸超分野交流事業」の一環として、漆芸作家・浅井康宏さん(39)とデザインエンジニアで東京大学特別教授の山中俊治さん(65)、截金きりかねガラス作家の山本茜さん(45)と源氏物語の研究者で国文学研究資料館准教授の中西智子さん(43)の対談を行った。分野を超えた3組の異色の交流を紹介する。

山本茜さん(左)と中西智子さん(東京都千代田区で)

◇截金ガラス作家 山本茜さん
◇源氏物語研究者・国文学研究資料館准教授 中西智子さん

 

手がけた作品など

山本 大学で日本画を学び、古典絵画を模写する中で截金きりかねと出会い、繊細で優美な輝きに魅了されました。截金は、薄い金箔きんぱくを細く切り、貼り付けて文様などを描く技法で、仏教とともに日本に伝わり平安時代に大流行しました。截金は仏像や工芸品などを装飾するための技法ですが、截金そのものを主役に表現したいと思い、ガラス造形を学んで「截金ガラス」を制作しています。大きくて重いガラスを扱う「動」の作業と、精緻せいちな截金を施す「静」の作業を一人で手がけます。

中西 「源氏物語の表現」と「紫式部の交遊圏と作品創造の関係」を研究しています。和歌や漢詩などに由来するフレーズ「うたことば」が文中に用いられると、喚起されるイメージが変わることに面白さを感じています。

源氏物語シリーズ第三帖「空蝉うつせみ
「空蝉」の研磨風景
橋本本はしもとぼん「源氏物語」若紫巻=国文学研究資料館蔵

「源氏物語」の魅力

山本 中学の古典の教科書に冒頭「桐壺」の「いづれの御時にか……」という部分が載っていて、ことばの響きが「きれいだなあ」と感じました。読み返す中で、物語に人生の答えを求めるようになり、源氏物語を題材に制作を始めました。どこかの場面を描くというより、原文から降ってきたイメージを形にしています。

中西 イメージが降ってくるというのはよくわかります。万葉集のうたで「さらさらに」ということばがあって、川に布がさらされている情景と、「この娘がどうしてこんなにいとおしいのだろう」という思いが「さらさら」という音でつながってイメージされてきます。源氏物語は紫式部を紹介する学習マンガで知りました。

山本 私も同じものを読んでいました!

「源氏物語団扇画帖」橋姫巻 江戸時代前期 =国文学研究資料館蔵

伝統の技、古典への思い

山本 伝承されてきた技を基礎として、時代ごとの感性を加え、更新していくことが伝統だと思います。道具や材料を作ってくださる方々の技とともに、截金を伝えていきたい。

中西 古典は時代ごとに様々な読まれ方をしています。原文の美しさを感じ取ってもらえるよう研究者として伝えていきたい。原文に触れて、自分なりの源氏物語を感じてください。

源氏物語シリーズ第四十五帖「橋姫」

やまもと・あかね 1977年、金沢市生まれ。京都市立芸術大学美術学部美術科日本画専攻卒。重要無形文化財(截金)保持者の江里佐代子氏に師事。
2011年、富山ガラス造形研究所卒業後、截金ガラス作家として京都市に個人工房を設立。日本工芸会正会員。
なかにし・さとこ 1979年、東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程満期退学。博士(文学)。国文学研究資料館准教授。著書に「源氏物語 引用とゆらぎ」、共編著に「藤原彰子の文化圏と文学世界」など。

   

◇     ◇     ◇

「伝統工芸超分野交流事業」とは
共同制作、創造性深める

文化庁の「伝統工芸超分野交流事業」は、伝統工芸の作家と、他の分野の専門家の共同事業などを通して、伝統工芸の新たな価値を生み出すのが狙いだ。工芸界を活性化するとともに、世界への発信を見据え、次世代の工芸作家の養成を目指す。

初年度の2021年度は、重要無形文化財(彫金)保持者(いわゆる人間国宝)の中川衛さんが、靴のデザインなどを手掛けるアーティスト・舘鼻則孝さんと共同でヒールレスシューズを制作した。中川さんの彫金をあしらった斬新なデザインは、展示されたMOA美術館(静岡県熱海市)で話題となった。中川さんは、室瀬和美さんらとオンラインで若手工芸家向けの研修会を開き、次世代の育成にも尽力している。

今回、2組の対談を監修した松原龍一・沖縄県立芸術大学非常勤講師は「工芸では、伝統の技を究めたうえで、創造性をプラスして新たに素晴らしい作品を生み出すことが求められている」と指摘する。「それぞれ良い刺激、影響を与え、創造性を深め、引き出せたのではないか。多くの人に見ていただき、日本の伝統工芸の魅力、可能性を感じてほしい」と総括した。

浅井さんと山中さん、山本さんと中西さんの対談の様子は紡ぐプロジェクトのYouTubeで視聴できる。

(2023年4月2日付 読売新聞朝刊より)

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