伝統文化をになう作家、演者らと異なる分野の専門家の交流から、新たな価値を生み出そうという動きが出てきている。人形浄瑠璃文楽人形遣いの桐竹勘十郎さん(70)と文楽人形に影響を受けたというロボット研究の第一人者、大阪大学教授の石黒浩さん(59)が対談。文化庁も「伝統工芸超分野交流事業」の一環として、漆芸作家・浅井康宏さん(39)とデザインエンジニアで東京大学特別教授の山中俊治さん(65)、截金きりかねガラス作家の山本茜さん(45)と源氏物語の研究者で国文学研究資料館准教授の中西智子さん(43)の対談を行った。分野を超えた3組の異色の交流を紹介する。
石黒 文楽人形を見ていると、人間の仕組みを強く意識します。3人の遣い手が、それぞれ違う動きをしているのに一つに調和している。人間の行動は脳がすべてコントロールしていると思われていますが、実はそうではない。何かにぶつかったら反射的に引っ込めるように、筋肉が勝手に動く時もある。人間はいったいどうなっているのか、私はロボット研究を通して考えています。
勘十郎 私たちは3人1組で1体の人形を動かしますが、
石黒 人間も「ご飯食べたい」「テレビ見たい」「勉強したい」と複数の意思が体を奪い合いながら、行動しています。それが人間の複雑さ。こうした考え方は「アフォーダンス」と呼ばれる近代の研究から生まれたものですが、約300年の伝統を持つ文楽は既に人間の本質を捉えていた。驚くべきことです。だから、私たちロボット研究者が文楽から学ぶことはたくさんあります。
勘十郎 幼い頃から私は絵を描くのが好きでした。今も、新作文楽を手がける時、目を閉じると風景や人物が絵で浮かんできます。台本だけでなく絵コンテも渡して説明することもあります。
石黒 私も子どもの頃は画家になりたかった。新しい研究の発想が浮かぶ時もビジュアル先行です。研究室にある3枚の白板にまず絵を描いて、自分の脳内イメージを伝えます。新しいものを発見するという意味で、科学技術も芸術と同じだと思います。
勘十郎 師匠(吉田簑助さん)には「人形は5本の指の足りない力で遣う」と教わりましたが、謎かけのようでよくわからなかった。最近になって、余分な力を入れ過ぎるとかえって動かせない。むしろ力を抜くことで、自在になる、とわかるようになりました。今度は私が、後輩たちに伝えていく番です。芸の継承はとても難しい。
石黒 未来の世界について、はっきり言えるのは、人間にとって文化が今よりいっそう重要になるということ。日本の文化を科学技術で支えていくことが大切ではないでしょうか。
◇きりたけ・かんじゅうろう 1953年、大阪市生まれ。父は二世勘十郎。67年、吉田簑助に入門。2003年、三世勘十郎襲名。21年、重要無形文化財(人形浄瑠璃文楽人形)保持者に。大阪・国立文楽劇場の4月公演で「曽根崎心中」のヒロイン・お初、5月は東京・国立劇場のさよなら公演で、「夏祭浪花
鑑 」の主人公・団七を遣う。
◇いしぐろ・ひろし 1963年、滋賀県生まれ。大阪大学大学院博士課程修了。大阪大学基礎工学研究科教授。専門は知能ロボット学で、アンドロイド研究の第一人者。2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務める。著書に「ロボット学者が語る『いのち』と『こころ』」など。
(2023年4月2日付 読売新聞朝刊より)
0%