人の手によって紡がれ、人から人へと伝えられてきた伝統の美や技は、デジタルとは縁遠い印象があるかもしれない。しかし、デジタルの持つスピードや拡散力は、伝統を担う現場の人材不足や発信力の弱さを補い、その魅力を幅広く伝えることもできる。「伝統文化×デジタル」は、大きな可能性を秘めている。
2018年の西日本豪雨などで石垣が崩落した丸亀城(香川県丸亀市)で、「顔認証システム」を使って1万個超の石を積み直す難工事が進められている。従来の修復工事は熟練石工の経験が頼りだったが、データと最新技術を活用することで、精巧な復元が可能になったという。
丸亀城は、1660年に完成した天守(重要文化財)が、江戸時代の姿をとどめ、全国で12ある「現存天守」の一つ。4層の石垣を合わせた高さ約60メートルは日本一で、その曲線の美しさから「石垣の名城」と称されている。
しかし、2018年7月の西日本豪雨で、南西側の「帯曲輪石垣」が幅約30メートルにわたって崩落。同年10月には、台風による大雨で「三の丸坤櫓跡石垣」も崩れ、回収した石は計1万1746個に上った。
城を管理する市は復旧方法を検討。崩落前の16年にドローンで撮影した石垣の写真が残されており、その画像データと回収した石を照らし合わせることにした。
応用したのが、スマホなどで使われる「顔認証システム」だ。画像に映った石垣の凹凸が生み出す影などを基に、回収した石1個につき、一致する可能性の高い石垣の場所の候補を10か所選ぶ。上位2か所を石工が見比べて判断し、19年から2年をかけて画像が残る約4000個をほぼ特定した。
残る約7000個は照合する写真がないなどの理由で、崩落時の散らばり方や石の形などから石工が推定した。積み直す工事は昨年8月に開始し、28年3月の完成を目指している。わずかな狂いが、積み上げていくと大きな誤差になるため、石工が数ミリ単位で石の位置を調整している。
千田嘉博・名古屋市立大教授(城郭考古学)の話「石垣の修復で高精細画像はデータとして有効だ。デジタル技術を応用することで、効率的に修復が行えるだけでなく、石材の形状を正確につかむことで今後の城郭研究を飛躍させる可能性もある。全国の城跡の石垣修復に広がることを期待したい」
(2025年4月6日付 読売新聞朝刊より)
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