三重塔は三重の屋根を持つ、細長く、高く組み立てられた仏教建築である。その美しい姿が今日まで伝わったのは、先人たちが屋根の
葺 き替えや解体修理を繰り返してきたおかげだ。本瓦葺き屋根の全面葺き替え工事を完了したばかりの愛媛・石手寺 三重塔をはじめ、国内で唯一という八角形の屋根を持つ長野・安楽寺、内部の極彩色の仏画や文様が鮮やかに残る滋賀・西明寺など、地域の宝になっている特色のある三重塔を選んで紹介する。

松山市にある重要文化財の石手寺三重塔は2026年1月、本瓦葺き屋根の全面葺き替え工事を完了した。約90年ぶりの本格的な修理工事で1年以上を要した。4月に落成式を行う。
同寺は四国八十八か所霊場の第五十一番札所。国宝の二王門(鎌倉時代後期)をはじめ、重要文化財の本堂(同)など多くの古建築が立つ。二王門を入ってすぐ右手に立つのが三重塔。伝統的な「和様」で建てられ、鎌倉時代後期の建立と推定されている。
先代住職が20年に三重塔を撮影していた際、相輪の一部が壊れているのを偶然発見した。雨水が浸入して心柱が腐食すれば、塔全体が危険な状態となるとみられた。前住職は国の支援を待たず、自費で足場を設置し、調査を開始。当初は応急処置も検討したが、想像以上に状態が深刻なことが判明した。修理の申請の準備を進めていたさなか、前住職は21年、63歳で急逝した。
藤井俊良住職(40)は「塔はお寺のシンボル。相輪だけでなく、屋根全体の葺き替え工事に早急に取りかかる必要があると感じた」と当時を振り返る。重文の鐘楼の修理を含めた工事費用は約2億円。だが、新型コロナウイルスの感染拡大で予算が確保できず、計画は延び延びになった。国の補助金などを得て24年8月から工事が始まった。
修理工事費用の約1割を石手寺が負担することになった。お遍路さんでにぎわう寺院とはいえ、工事費用の捻出は大きな課題。「国指定の文化財は“国の宝”。先人たちが守り抜いてきた三重塔を、次の世代に受け渡すことは、今を生きる私たちの使命ということを訴えた」と藤井住職。クラウドファンディングなどを活用して広く浄財を募った。
三重塔の屋根の瓦は平瓦が約8700枚、丸瓦は約3300枚に及んだ。平安時代の瓦が再利用されていることもわかった。今回の修理でも平瓦の約5割、丸瓦の約7割を再利用した。 石手寺は西暦728年の創建。だれもが気持ちよく参拝できる場を目指す「石手寺創建1300年記念再生プロジェクト」が現在進行中だ。藤井住職は「大きな節目を前に、三重塔の修理を終えることができた。きれいになった姿を多くの人に見てもらいたい」と語った。


三重塔とは何か。基本的な事柄をまとめてみた。
――三重塔をひと言で説明すると?
三重の屋根を持つ仏塔。仏塔はもともと釈迦の遺骨(仏舎利)を安置するために建てられた。五重塔などと並ぶ日本の代表的な仏教建築形式。
――三重塔は全国にいくつあるの?
江戸時代以前に建てられた木造の三重塔は、国宝指定が13基、重要文化財が43基。国登録文化財や自治体指定文化財、未指定の塔を加えると100基を超える。これに対し、五重塔は国宝9基、重文13基で、現存する22基全てが国の指定を受けている。三重塔は五重塔の5倍近く建立されている。建築にかける費用や時間が五重塔よりも少なくて済む分、各地に数多く建立されたとみられる。
――各重の部屋は何に使われているの?
三重塔も五重塔も、初重(一番下の階層)の平面は、ほとんどが
――バランスがよい塔には何か秘密があるの?
三重塔や五重塔は一般に上方に向かって各重の平面が小さくなるように建てられる。その割合(逓減率)が大きいほど、初重が大きく安定感があり、バランスのよい塔となるようだ。法起寺三重塔や当麻寺東塔など古代の塔は逓減率の大きな例が多い。
――塔を将来に伝えていくために何が必要?
三重塔や五重塔の維持には、数十年ごとに屋根の葺き替え、数百年をめどに解体修理が必要となる。巨額の費用を要するため、所有者には大きな負担となる。先人たちが、浄財を募り、修理を積み重ねてきたからこそ、その姿が今日まで各地に伝わった。

文化財建造物保存技術協会 浜島正士顧問
日本の仏塔研究の第一人者で文化財建造物保存技術協会(東京)の浜島正士顧問(89)に三重塔の魅力を語ってもらった。

三重塔は、五重塔を2層分減らした形式です。どちらも「
二軒 」「三手先組物 」などと呼ばれる複雑な構造を随所に取り入れ、細長く、高く組み上げていくのですから、大工さんは寺院の本堂を造るときよりも神経を使ったことでしょう。かつて木造の七重塔や九重塔も建てられたことが記録に残っていますが、現存するのは五重塔と三重塔です。大工さんは五重塔を造るときの方が三重塔よりも緊張したと思います。現存する塔の数をみると、三重塔のほうが断然多く、五重塔の“普及型”とみることができます。
五重塔が伝統的な様式である「和様」で造られることが多いのに対し、三重塔は和様をはじめ、中世以降、中国から禅宗とともに伝来した建築様式である「禅宗様」を取り入れたり、和様と禅宗様を合わせた「折衷様」を採用したりするなど、変化に富む塔も造られました。
また、五重塔は古い様式を踏襲し、初重から最上部の相輪まで、塔の中心部を心柱が貫く構造であることが多いのですが、三重塔は平安時代後期以降、心柱を二重目から立ち上げ、初重を心柱のない広い仏の空間として用いる例が増えます。仏壇を構えて全面に色彩を施した例もあります。
仏塔の始まりは仏舎利を収めた構造物なので、仏舎利との関係が深い心柱は、日本の仏塔でも最も大切な柱とされてきました。しかし初重の天井の上で心柱を止めるのは、心柱に対する考え方が変化したとみることもできます。
五重塔が崇高で、近づき難いと感じる建物であるのに比べ、三重塔は地元の人たちが親しみを持ち、身近に感じる建物であることは間違いないと思います。
地域のシンボル、住民の宝として大切にされてきた多重塔。地震や台風など自然条件がたいへん厳しい日本で、数百年間立ち続けてきたことを考えると、社寺建築の中でも、塔は最高の技術を結集した建築であると思います。各地の塔をめぐる機会があったら、そのたたずまいや周辺環境を心に刻むとともに、塔に寄せる地元の人の思いを尋ねてみてはいかがでしょう。
(2026年2月1日付 読売新聞朝刊より)
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