宮内庁正倉院事務所(奈良市)の主導で、昭和47年(1972年)から行われている正倉院宝物の模造事業をご存じでしょうか?
8月27日、同事業で令和2年度に完成した新たな正倉院宝物模造品「
正倉院宝物は、約1300年間、天皇の
かつては、東大寺の
正倉院宝物の模造制作は、実は、明治期から行われています。しかし、昭和47年以降のものは、最新の科学技術による分析・調査結果に基づき制作されている点がそれまでの模造とは大きく異なります。原宝物と同じ材料、技法、構造で、現代の匠たちの精巧な技により、奈良時代当初の姿を限りなく忠実に再現した「もうひとつの正倉院宝物」とも言える存在なのです。
宮内庁正倉院事務所の西川明彦所長が、昭和47年以降の模造を「再現模造」と呼ぶよう提唱しました。
実際に大仏開眼会で笛吹が着用した天平の靴下
宮内庁正倉院事務所保存課の田中陽子保存科学室長は、「経年劣化もありますが、(調査で)靴下を履くとできる伸びや擦れがつま先やかかとに見られたので、当時実際に(笛吹が)履いたものと考えられます」と説明します。現代の靴下のように立体的な縫製では無かったため、履くと縫い目が足裏のセンターにくると推測され、当時の舞楽装束がどのようなものだったのかその一端を垣間見ることができます。
同事務所では、株式会社川島織物セルコン(京都市)に依頼し、平成6年度から平成15年度にかけて正倉院宝物の絹織物など「
「紫地花文錦」の織りは、奈良時代より古い時代に多くみられた織り技法で、現代には残っていない「
襪の再現模造のために、生地の復元からスタートし、その後、当時の形状や縫製技法などの調査がなされ、染織文化財の修理を手掛ける株式会社染技連(京都市)により、今回の再現模造の完成に至っています。
見どころは、縫い糸、縫い方も忠実に再現した点。原宝物は結び紐(靴紐)が片方失われていますが、調査で赤い縫い糸の跡があったことから、左右対称に復元しました。
履き口の裏地に記された墨書は、奈良時代の筆と同じ構造の紙巻筆(有芯筆)で筆跡を再現したとか。そのこだわりには目を見張るばかりです。
有事の際の危機管理や技術継承を目的として制作された再現模造の数々は、全国巡回展中の「御大典記念 よみがえる正倉院宝物 -再現模造にみる天平の技―」で見ることができますが、今回発表された「呉楽 笛吹襪」再現模造は、今年の正倉院展のみの公開になるので見逃せません。
「巡回展で様々な織物の再現模造を出陳していますが、やはり一般の皆様に理解を得やすいのは、人が使っていたものを形にしてこそだと思います。我々が行った調査の成果を正倉院展でご覧いただけたら」と西川所長。
毎年10月初旬の「開封の儀」で天皇の
この約2か月間の開封期間中に、宮内庁正倉院事務所保存課の職員達が宝物を点検し、調査を行っているのですが、「宝物模造事前調査」も行われています。次に復元される宝物は一体どの宝物なのでしょうか?
プロフィール
ライター
いずみゆか
奈良大学文化財学科保存科学専攻卒。航空会社から美術館勤務を経て、フリーランスライターに。関西のニュースサイトで主に奈良エリアを担当し、展覧会レポートや寺社、文化財関連のニュースなど幅広く取材を行っている。旅行ガイド制作にも携わる。最近気になるテーマは日本文化を裏で支える文化財保存業界や、近年復興を遂げた奈良県内の寺院で、地道に取材を継続中。
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