鮮やかな配色と斬新なデザインが目を引く武将たちの服飾類は、異国文化が流入した戦国時代から近世初期の雰囲気を伝える。上杉謙信らゆかりの服飾類の修理には時間を要したが、見事に美しくよみがえった。その技術を詳報するとともに、歴史の息吹を伝える。
戦国武将・上杉謙信らゆかりの重要文化財「服飾類」(室町時代~桃山時代)を巡り、「紡ぐプロジェクト」で進められてきた修理が、2023年度で完了した。〔2024年7月〕13日から、上杉神社(山形県米沢市)で順次、公開が予定されている。
「服飾類」は謙信と、米沢藩初代藩主・上杉景勝が使用したと伝わる88点(付属品を含むと98点)で構成されている。このうちの4点が19年度から、5か年の修理助成事業の対象となった。繊維の劣化が進む服飾類に対し、京都国立博物館文化財保存修理所(京都市東山区)で、それぞれの生地の状態に合わせた修理が進められてきた。
黄地平絹流水梅扇面描絵胴服(修理前)
黄地平絹流水梅扇面描絵胴服(修理後)
光沢のある黄色の表地が目を引く「黄地平絹流水梅扇面描絵胴服」は、裏地の損傷が非常に激しかった。このため、繊維を保護し、劣化を防ぐために覆う裂を選ぶ協議から始まった。裏地を保護する裂の色は、修理後も透かして裏地の状態が見えやすいように、白を基調とすることに決定。中綿に絡みついたり、束になったりしていた緯糸を時間をかけて一本一本整えた後、修理品に合わせて特別に作られた裂が、縫い付けられた。
「金銀襴緞子等縫合胴服」は、16種の舶来の裂をパッチワークのように縫い合わせた斬新なデザインの小袖だ。繊維が傷付いていたり、裏打ち紙からはがれ落ちていたりした部分があり、接着するか裂をあてて補修する必要があった。主に損傷が激しい茶色の裂は、小麦でんぷん糊と布海苔を混合した接着剤で、はがれた部分を再接着するなどした。それ以外の箇所についても、補修用の裂を糸で縫い付け、状態を安定させた。
濃淡の茶色が交互に織られた小袖「茶地竹雀丸紋綾片身替胴服」は、1964年の修理で補修用の裂があてられていた。しかし、特に濃茶の表地の裂が弱っており、はがれが目立っていた。このため、最小限の解体を行った上で修理する方針が決定。主にほつれた襟の部分の補修と、濃茶部分の裂を糊で再接着する作業が進められた。
白色の表地の背面に緑や青、赤など鮮やかな岩絵の具で雲と竜を描いた「白地雲竜平絹彩色陣羽織」も、64年に修理されている。陣羽織の形状は保たれていたが、竜の彩色部分が経年劣化していたため、膠や糊を使って剥離や剥落を防ぐ処置が行われた。
最終年度となる2023年度は、将来の保管方法なども念頭に置いた仕上げが行われた。3月18日には同博物館に関係者らが集まり、報告会を実施。修理を担った松鶴堂(京都市東山区)の依田尚美・染織担当課長(51)が、上杉家17代当主の上杉邦憲さん(81)らに、修理のポイントを解説した。
依田さんは、「修理者として大変、貴重な経験をさせていただいた。残りが良い服飾を無理に解体すると損傷してしまう。傷んでいない部分はなるべく手をかけず、関係者の方と協議しながら必要な作業を進めさせていただいた」と語った。修理期間中にはコロナ禍もあり、修理方針を対面で話し合うことができなかった苦労も振り返った。
邦憲さんは「謙信公・景勝公が愛用した服飾類を後世に伝えることができ、本当にありがたい。500年も形を保って残されてきたのは奇跡。今回の修理を機に、上杉家の服飾類の素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい」と話していた。
◆ 特別展示 13日から
重要文化財「服飾類(伝上杉謙信・景勝所用)」の修理完了を記念した特別展示が〔7月〕13日から上杉神社稽照殿で始まる。服飾類4点の展示期間は次の通り。
「白地雲竜平絹彩色陣羽織」7月13日(土)~同31日(水)。
「黄地平絹流水梅扇面描絵胴服」8月2日(金)~同20日(火)。
「茶地竹雀丸紋綾片身替胴服」9月12日(木)~10月8日(火)。
「金銀襴緞子等縫合胴服」10月10日(木)~同29日(火)。11日午後は休館。それぞれの展示期間には修理外の服飾類をはじめ、謙信、景勝、鷹山関連の甲冑、刀剣、陶磁器、絵画、古文書など収蔵品の展示がある。
入館料は一般700円、高校生・大学生400円、小学生・中学生300円。
問い合わせは同神社社務所(0238・22・3189)。
(2024年7月7日付 読売新聞朝刊より)
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