能登半島地震で大きな打撃を受けた伝統漆器「輪島塗」の工房には、作業場が損壊するなど厳しい状況の中、日夜制作に励む職人の姿がある。再興を目指し、若手人材の養成施設を整備するため官民産地の代表が策定した「基本構想」では、2028年度以降に開設する施設が、後継者確保、魅力発信、市場開拓を担う方針が決まった。様々な分野の専門家が連携した文化復興に向けた動きは輪島塗以外の分野にもあり、伝統を絶やさないよう奮闘する地元の大きな支えとなっている。
奥能登地方で伝統的に用いられてきた能登瓦の「救出」活動が新局面に入った。公費解体の進展に伴い一般社団法人「瓦バンク」(森山茂雄代表理事)は倒壊した家屋から産業廃棄物となる前に瓦を回収する活動をほぼ終え、今後は集めた瓦の再利用に重点を置く。

瓦バンクは世界的建築家の
このうち一部は坂さんの設計で石川県珠洲市の見附島近くに昨冬完成した集会所や、同市内の集会施設「
県内での能登瓦の製造はすでに途絶えており、公費解体が進むにつれ、地震前に比べて能登瓦の家は減少している。建築費高騰などで、伝統的家屋の再建は困難なケースも多い。瓦バンクは建材に限らず美術品の素材などとしても活用の幅を広げようと模索している。

森山さんは「奥能登らしい風景をせめて人々の記憶にとどめ、後世に能登の文化として伝えていきたい」と話している。瓦の利活用に関する問い合わせは瓦バンクのサイトで受け付けている。
珠洲市正院地区では、地震で倒壊した「

石考研は県内の考古学研究者・愛好者らを中心に約250人で構成される。平日は所属自治体や研究機関での業務があり、今回の修復作業は週末に実施し、10月に完了した。
石塔群は同地区の畑の一角にあり、球体や四角柱、円柱状の石材を重ねた五輪塔や石製の板碑など80基以上が集積している。中世に流通した珠洲焼のかけらなども出土し、市文化財に指定されている。
2023年5月に発生した最大震度6強の地震で五輪塔や板碑の多くが倒壊・破損した。珠洲市や石考研で修復のための協議を行っていたところ、24年元日に再び大地震が襲った。同地区は家屋倒壊などの被害が甚大で、修復作業も中断せざるを得なかった。
市から改めて依頼を受けたことで、今年9月から石考研メンバーらによる修復作業が再開された。過去の写真と照合しながら崩れた石材を積み直し、破損が著しい石材については樹脂による補強・接合も行った。地元の県立飯田高校の生徒も現地作業に参加。回収した珠洲焼の洗浄なども行った。
河村好光会長は「多くの会員がボランティアとして参加してくれた。石川県は南北に広く、大災害時には、県全体で文化財救援にあたる体制が必要だと実感した」と話している。
美術館でも復興の動きが見られた。能登半島地震で被災し、休館が続いていた石川県七尾市の県七尾美術館は今年〔2025年〕9月に再開。復興祈念企画として、同市ゆかりの絵師、長谷川等伯(1539~1610年)による国宝水墨画などを展示する「長谷川等伯展」が開かれた。
地震で館内の壁の崩落や浄化槽の損傷などの被害を受けたが、等伯筆の国宝「
一方、キヤノンなどが取り組む「

金沢市では、東京都内を中心にした計30の文化施設・個人が所蔵する美術品を集めた「ひと、能登、アート。」が開催中だ。県立美術館(12月21日まで)には、国宝「秋冬山水図」(雪舟筆、東京国立博物館蔵)など、各施設が復興支援の思いを込めて選んだ計43件が並ぶ。国立工芸館(12月9日~来年3月1日)、金沢21世紀美術館(12月13日~来年3月1日)でも開かれる。
伝統行事や祭りの宝庫でもある能登地方。地震発生後、中止や規模縮小を余儀なくされた祭りも多いが、各地で再開の動きが見られた。
七尾市で、1000年以上続く能登最大の春祭り「

「キリコ」と呼ばれる巨大な灯籠が巡行する能登半島の夏の風物詩「キリコ祭り」も、7~9月に各地で開催された。先陣を切って行われた能登町宇出津地区の「あばれ祭」では高さ6メートルを超えるキリコ約40基が勇壮な姿を見せた。

ボランティアらの参加で再開にこぎつけた例もある一方、いまだ開催が困難な行事や祭りも多い。県は「地域の祭り再開支援事業」として祭りの用具や保存庫の修理・新調、後継者育成の研修会などの費用を最大で150万円、町内会などに助成する。
国の専門機関「文化財防災センター」も今年度から、道具の破損や担い手の確保など再開に向けた課題を把握し、有効な支援策を具体化する調査・支援事業に乗り出している。
(2025年12月7日付 読売新聞朝刊より)
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