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2026.2.28

珠洲焼の薪窯 再建 - 能登地震での倒壊乗り越え 3月1日東京・錦糸町でイベントも

石川県能登地方の伝統工芸品「珠洲焼」を焼くまき窯の一つが、能登半島地震による倒壊を乗り越え、再建された。2023年の地震でも全壊し、修復したばかりで再び壊れた窯。不死鳥のような窯を復興の力に――。再建にこぎ着けた珠洲焼作家・篠原敬さん(65)はそう願っている。

火入れに向け薪窯の口をふさぐ篠原さん

篠原さんの工房「游戯ゆげ窯」は珠洲市正院町平床にある。この地では1995年から活動してきたが、初代の窯は2022年6月の地震で一部損壊。修復後の23年5月に起きた震度6強の地震で全壊してしまう。ボランティアの力も借りて同年中に修復したが、一度も作品を焼かないまま24年1月1日の能登半島地震でまたも全壊。「築き上げたものが一瞬で崩れた喪失感もあったが、自然の力に対する畏敬の念はさらに強くなった。地震当日に車中泊した時に見た星空がきれいで、自然をうらむ気持ちはなかった」

新しい窯は昨年〔2025年〕5~10月、全国からのべ100人以上が参加して作られた。県の補助のほか、伝統工芸の継承・再生に取り組むNPO法人「JapanCraft21」(京都市)からの寄付(2万5000米ドル)、個人からの義援金も受けた。新しい窯は縦横約1・7メートル、奥行き約4メートルで、5000個のレンガを使い鉄の補強も施した。

ボランティアの支援や寄付金で再建され、火入れされた薪窯

昨年12月25日には、新しい窯に初めて火を入れる「火入れ」が行われた。レンガから水分を抜き、窯の強度を上げる作業は、夜間も交代で火を絶やさず30日まで行い、アカマツの薪を約800束使った。最高1200度ぐらいまで徐々に温度を上げ、火を落としてからは自然冷却。1月8日に「窯出し」を行い、大きなつぼなど篠原さんの作品200点に加え、再建に携わったボランティアらが制作した花入れなど200点を取り出した。

新しい薪窯には400点あまりの作品が入れられた
作家「復興の一助に」

篠原さんは「多くの人の気持ちがこもった窯なので、今回の火入れはとりわけ感慨深かった」と話す。今後は継承も狙い、珠洲焼を学ぶ人などにも窯を開放する予定だ。

平安~室町時代に盛んに作られた珠洲焼は、色やつやを出す釉薬ゆうやくを使わず高温で焼き上げるため、灰黒色が表れるのが特徴。長く途絶えていたが、1970年代に有志が再興した。珠洲市の寺に生まれ、京都市の寺院で職員をしていた篠原さんは、20代後半に珠洲焼に出会い、その力強さに感動してこの道に入った。

能登半島地震では自宅が半壊し、解体を余儀なくされた。珠洲市の仮設住宅で暮らし、今も困難な状況は続いているが前向きだ。「地震で新しい出会いがあったし、何が起きても引き受ける度量もできた。珠洲焼は奥能登の精神文化の象徴。窯の再建で復興の一助となりたい」

珠洲焼のカップ 焼酎イベントに

東京で鹿児島を中心とした九州の蔵元の焼酎が味わえるイベント「すっじゃ!地焼酎 in すみだ」が3月1日、錦糸町(墨田区)で開催される。今年は珠洲焼の焼酎カップを参加者のために用意する。

同イベントは錦糸町駅周辺の複数の飲食店(今年は10店舗)に蔵元のスタッフが待機し、参加者はカップを持って店を回り、各蔵元の話を聞き、自慢の焼酎を楽しむ。主催者が復興を少しでも支援したいと産地に話を持ちかけ、珠洲焼を学ぶ研修生が作ったカップを使うことになったという。

参加費は5000円(焼酎と珠洲焼カップの代金込み)。詳細はhttps://peatix.com/event/4756515で。

過去のイベントの様子

(2026年2月1日付 読売新聞朝刊より)

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