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2026.7.6

【工芸の郷から】明珍火箸(兵庫県姫路市)- 独特の音響 楽器などに応用

火箸を手打ち鍛造する明珍宗敬さん。コークス炉は1500度にも達する=八木良樹撮影

金槌かなづちを一定のリズムで振り下ろすと、角張った先端がみるみる細く、丸くなった。赤くまばゆい光を放っていた鉄は、黒く変色していく。火をおこす手法の一部は現代化されたが、手打ちで鍛える基本は古来変わらず、神事のような厳かさがある。

「昔の職人たちとつながり、対話しているような気持ち。ドキドキしますね」。「明珍本舗」(兵庫県姫路市)の第53代目、明珍宗敬さん(50)は、鍛造の醍醐だいご味をそう語る。

平安時代から武具を製作してきた甲冑かっちゅう師一族。明治を迎え、封建制度の崩壊で甲冑の需要がなくなり、炭火を取り扱う際に使う火箸の製作を始めた。その火箸も戦後、需要が低減。現在の主力は、火箸を用いた風鈴やドアチャイムに移っている。先代で父の宗理むねみちさん(84)が、箸がふれ合う時の涼やかな音に着目し、試行錯誤の末に考案したという。

2~4本組みの明珍火箸風鈴やドアチャイム

仕上がりは、箸同士を打ち鳴らして「音」でも識別する。大学を中退し、修業に入った宗敬さんは「なぜこの音になるのか。毎日夢中になって模索してきた」と話す。宗理さんが引退した今、2人の兄と一丸で技術の伝承に力を注ぐ。長兄宗久さん(55)は風鈴の糸付けなどを担い、刀匠でもある次兄宗裕さん(51)は火箸の素材の一つ、玉鋼を鍛錬する。玉鋼は日本刀の素材で知られる希少な鋼だ。

鉄以外の火箸作りに挑み、仏具や花器を製作するなど時流に鮮やかに対応してきた。「勢いに乗って前進していく明珍家の原動力は『人の輪』かもしれない」と宗敬さん。空間全体を包み込む、高音でうなるような余韻。独特の音響に魅了される人は多く、その謎を解明する研究や楽器への応用などが進む。活動は教育分野にも及び、米マサチューセッツ工科大学(MIT)をはじめ国内外で鍛冶を実演する。異国の若者たちは食い入るように見つめ、質問攻めにするという。

「最初は明珍火箸を世界に広めたいと思っていたけれど、目標が小さいと感じるようになった。世界中の教育者が次世代をどう育てるのか懸命になっている。そのチームの輪に入り、手仕事の楽しさを伝えたい」

平和な時代が続く未来に思いをはせ、今日も槌音つちおとを響かせる。(大阪文化部 木村直子)

(2026年4月29日付 読売新聞朝刊より)

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