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2024.9.4

【工芸の郷から】奈良墨 — 練り方、気温や湿度に合わせ(奈良県)

墨玉を練る西岡さん=上田尚紀撮影

墨は飛鳥時代に朝鮮半島から日本に伝わった。写経や学問に欠かせず、寺社の多い奈良で製法が発達。室町時代に興福寺(奈良市)で作られた墨が奈良墨(固形墨)の起源とされる。2018年には国の伝統的工芸品に指定され、国内の墨の9割以上が奈良市で生産されている。

伝統的な固形墨の製造には職人の技が欠かせない。その一つが、動物の皮などから作られた液体状のにかわにススを混ぜ、パン生地のような「墨玉」を練る作業だ。素足や素手で適度にこね、ススと膠を均一にしなければ良質で美しい黒色の墨は出来ない。

成形した墨を灰の上に並べて乾燥させる。灰は毎日交換する

1902年創業の書道用具メーカー「呉竹」(奈良市)の西岡玄堂さん(53)は、同社唯一の墨型入工すみかたいれこうで25年のキャリアを持つ。「気温や湿度に合わせて力加減や練り方を変える繊細な作業。今でも毎日試行錯誤している」と語る。練り方が十分でなければ空気が入り、割れる原因になるという。

墨玉を素足でこねる

練った墨玉は文様を刻む「木型」に入れて成形し、完成まで数か月乾燥させる。木型に文様を彫刻する墨木型彫刻師も高い技術が求められ、職人は同社の1人を含め日本で3人だけという。

固形墨の生産量は減少の一途をたどっている。1935年は2265万丁だったが、2013年は70万丁とピーク時の3%程度にまで落ち込んだ。奈良製墨組合の組合員数も40軒から9軒になった。書道人口の減少や、手軽に利用できる墨液の普及が背景にある。

木型に文様を彫る

同社統括部長の吉野誠さん(59)は「固形墨は同じすずりですっても、その日の気候や水の温度などで墨色や伸びが変化し、するごとに状態は変わる。それが魅力であり、飽きもこない」と話す。墨液と固形墨を混ぜ合わせれば変化も出せる。

一方、固形墨の売上高は会社全体の数%で、吉野さんは「このままでは事業として成り立たなくなる可能性があるが、祖業の奈良の伝統産業をやめるわけにはいかない」と決意は固い。職人の養成や効率的な製造方法の研究も進めている。

近年は海外の需要拡大に力を入れる。21年から画材用に12色の彩墨を販売する。「伸びが良くて耐久性が高く、インクよりも個性がある。世界に通用する日本発の画材はなかなかない」。固形墨の知られていない魅力や使い方はまだまだある。

(大阪文化部 夏井崇裕)

(2024年5月22日付 読売新聞朝刊より)

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