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2024.1.26

【工芸の郷から】越前和紙 ― 原材料に恵まれ幕府に献上(福井県越前市)

手すき和紙の生産。一日に約40枚を作る(福井県越前市の五十嵐製紙で)

和紙の産地として名高い福井県越前市。紙すき工房が立ち並ぶ五箇地区には「 紙祖神 しそしん 」の信仰が残る。

1500年前、山あいで田畑に向かないこの地の住民の前に女神が現れ、紙すきを勧めたという。原材料となる木々が自生し、豊富な水にも恵まれ、朝廷や幕府に献上する名産品として越前和紙は認知された。女神は「川上御前」と呼ばれ、和紙職人のよりどころとして崇敬を集める。

冬の五箇地区は山肌に霧がかかり、一層神々しさが増していた。しんと静まりかえる町中では、和紙の原料を水槽からすくい上げる「チャプチャプ」という音が工房から響いてくる。

1919年創業の「五十嵐製紙」では、ふすまに使う大型和紙をすいていた。若手職人が木製の「簀桁すげた」を冷たい水槽に入れ、純白の和紙を作り上げる。冬はトロロアオイから作る粘液「ネリ」の粘りが出やすく、上質な和紙が出来る。波や花の細やかな文様がある「創作和紙」も作り、旅館や料亭などで愛用される。

3代目社長の五十嵐康三さん(75)は、県和紙工業協同組合理事長、全国手すき和紙連合会長も務める。「原材料不足やペーパーレス化もあり、和紙を取り巻く現状は厳しい」。約40年前は100社超だった組合も、現在は47社だという。

野菜や茶を原材料にした「フードペーパー」

苦境を乗り越える手も打つ。五十嵐製紙では、ネギやジャガイモなどの野菜の繊維を混ぜた「フードペーパー」をブランド化。減り続ける和紙用木材の代用となり、廃棄予定の野菜の活用でフードロス対策にもつながる。五十嵐さんの孫の自由研究が発端で、次世代の斬新な発想が和紙の世界に新たな風を吹き込んだ。

一方、国産雁皮がんぴのみを原料とした昔ながらの和紙「越前鳥の子紙」を国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)無形文化遺産に登録する活動も進めている。伝統と革新、双方を大事にする文化がある。

地区には紙すき体験ができる施設や資料館がある。昨年開館した「越前和紙の里美術館」では越前和紙で複製した平安絵巻などを展示する。越前は紫式部が父の越前国府の下向に同行し、一時を過ごした場所だ。源氏物語もこの地で作られた和紙に書かれたのでは――。そんな楽しい想像もできる。

(大阪文化部 多可政史)

(2024年1月24日付 読売新聞朝刊より)

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