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2023.1.6

【工芸の郷から】熊野筆…レッサーパンダの抜け毛も利用して環境にやさしい伝統的なものづくり(広島県熊野町)

動物の毛を使った筆(左からレッサーパンダ、シフゾウ、チンパンジー、フラミンゴ)=吉野拓也撮影

工房の台に茶色い綿のような塊が置かれている。日本一の筆の産地として知られ、180年の歴史がある広島県熊野町で、伝統工芸士の実森将城さん(48)は、動物園から入手したレッサーパンダの抜け毛を吟味し始めた。「太さや硬さが違い、普通の毛より縮れていたり、癖があったり。大変です」と苦笑いする。

熊野筆は元来、ヤギやシカ、イタチなど獣毛を原料としている。「食用の副産物として主に中国から輸入するので、筆作りのために動物を犠牲にすることはない」と、「熊野筆事業協同組合」常務理事の城本健司さんは言う。

レッサーパンダの毛を使った筆を作る伝統工芸士の実森将城さん

だが近年、動物愛護意識の高まりで動物の毛の入手が難しくなった。その一方で、国連が掲げる「SDGs」(持続可能な開発目標)の浸透で、ものづくりでも自然に土にかえす循環型が重視される中、化学繊維ばかりになると問題がある。

抜け毛を使った筆作りは、新たな手法の開拓と、環境にやさしい伝統的なものづくりを実践している熊野筆のPRを兼ね、同組合が3年前に始めた。広島市安佐動物公園の協力を得て、フラミンゴやチンパンジー、キリンなど6種類の抜け毛を受け取っている。

熊野筆の歴史は江戸末期に遡り、農地が少ない熊野の新たな産業として始まった。戦後に生産のピークを迎えた後、人口減や書道離れ、安価な中国産の増加で減少の一途だが、町内では今も人口約2万3500人の約1割が従事する。

選毛や毛組など穂首作りから軸作り、仕上げまで工程は70を超える。毛先を切らずに作るため、毛先の感触は繊細で肌に優しい。「絵筆のように『塗る』のではなく、書筆も化粧筆も『描く』という感覚」と組合の竹森臣理事長は胸を張る。

女性に人気の化粧筆

将来的には動物の毛筆の種類を増やしたい考えだ。子どもたちの体験用にしたり、デザイン性も追求したり。熊野の筆が描く未来は、可能性に満ちている。

(大阪本社文化部 山本慶史)

(2022年11月23日付 読売新聞朝刊より)

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