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2025.9.30

【ふのり 3】くっきり白い「印」に不可欠 ― 京都「印染しるしぞめ

板布海苔いたふのりを煮出して作る「ふのり」は古くから織物、漆喰しっくい、筆、陶器などの天然糊剤こざいとして使われてきた。国宝・重要文化財の絵画などの修理では、主に絵画の表面を保護する「表打ち」と呼ばれる重要な工程で使われている。だが、板布海苔の製造業者は高齢化や後継者不足により激減した。文化財の修理に用いる板布海苔を製造する会社は現在1社のみとなっている。海藻から板布海苔を作るまでの工程をはじめ、表打ち作業、筆や印染しるしぞめなど伝統工芸品の製造現場を紹介する。

古くからある染色法「型染め」にふのりを使うのは、京都市下京区の印染工房スギシタ。印染は型染めの一つで、社寺の幕や幟旗のぼりばた、はんてんなどに、家紋や屋号といった「印」をくっきりと染める伝統技法だ。

生地に型紙を載せ、もち米などを混ぜた防染のりで白く仕上げる部分を覆うように貼り付け、色が入らないようにして染める。スギシタでは、防染のりを置いた後いったん乾かし、さらに生地全体にふのりを塗る「地入れ」を欠かさない。社長で印染染色家の杉下永次さん(60)は、「ふのりを塗ることで、にじみやムラを防ぐ。防染のりと生地がしっかりひっつくので、白い部分の縁がぼやけず染まる。きれいに仕上げるための一手間です」と話す。

風が当たらぬよう、工房のエアコン使用は最小限。猛暑の中、水冷式リュックを背負い作業する=川崎公太撮影

「うなぎの寝床」と呼ばれる、京都ならではの奥行きの深い工房。卍の型紙をのりづけした白い木綿がピンと張られていた。お地蔵さんに張る、紫の幕になるという。職人の市川大高さん(37)が、刷毛はけを左右に素早く動かし、ふのりを塗っていく。

「生もの」のふのりは扱いが難しい。「同じ時間、同じ量で炊いても、天気によって粘度が変わる。緩めにしたり、固めにしたり、職人の経験と感覚で調節する」と市川さん。生地の裏にも塗り、乾いたら全体を紫色で染める。蒸気で蒸して色を定着させ、水洗いして仕立てる。

紫色に、くっきりと白く卍が染め上がった(いずれも京都市で)

ここ数年、ふのりの価格は高騰が続く。杉下社長は、「化学のりで代用することもできますが、僕らはやっぱりふのりがいい。風合いが優しく、はんてんは肌あたりが違う」と譲らない。「この染め上がりでなければ、というお客様が全国にいらっしゃるので、何とかやっています」

昔ながらの染色技法と天然素材にこだわりつつ、近年は、デジタルデータをインクジェットプリンターで布に印刷する“デジタル染め”にも挑戦している。

この技術を使い、明治天皇のきさき昭憲しょうけん皇太后が着用したドレス「大礼服たいれいふく」の修復プロジェクトに参加したほか、ファッションブランド「ジルサンダー」とのコラボレーションも進む。伝統と革新の両輪で、「印に込められた思いを届ける」もの作りを追求している。

板布海苔とは

海藻のマフノリ、フクロフノリなどを原料とし、水洗い、塩抜きし、天日乾燥で漂白した製品。煮ることで、のりとしてすぐ使用できるようにしているのが特長だ。

ノリ、フクロフノリは北海道、青森、三重、愛媛、長崎などが主な産地。潮の干満により干上がったり海の中になったりする潮間帯の岩場で、春から夏にかけて成長する。機械や道具は使わずに手摘みする。養殖は難しく、採取量は年々減少している。
このうち採取量が少なく希少価値があるマフノリは糊の成分が最も強いと言われる。フクロフノリはそばの「つなぎ」やみそ汁の具材、海藻サラダなどの食用として一般的に使用されている。

(2025年9月7日付 読売新聞朝刊より)

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