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2024.6.13

【複製品の進化1】新技術と匠の技 融合 ― 高精細・キヤノンなど

キヤノンなどが制作した高精細複製品の「唐獅子図屏風(びょうぶ)」は、ガラス越しでなく、明るい照明のもとで、細部まで間近に見ることができる(東京国立博物館で)=桐山弘太撮影

鑑賞、盗難対策、共生社会づくり――。複製の目的は多岐にわたっている。時には複製品が修復の手助けとなることもあり、文化財保護の観点で重要な役割を果たしている。文化芸術に親しむ上でも、鑑賞者と作品との距離を縮めてくれ、その技術の高さを改めて知る機会にもなる。複製という行為の背景には、本物に対する大きな敬意や関心があると言えるだろう。

最新機器を使って国宝「唐獅子図屏風」を撮影 *キヤノン提供
京都の伝統工芸士が金泥を施す *キヤノン提供
屏風に仕立てる *キヤノン提供

東京国立博物館(東京都台東区)本館の「日本美術のとびら」の部屋に、国宝「唐獅子図屏風びょうぶ」の高精細複製品が展示されている。高さ2.2メートルを超える原寸大の屏風は、複製とはいえ、見る者を圧倒する。国立文化財機構文化財活用センター(同)と大手精密機器メーカーのキヤノン(東京都大田区)が共同研究プロジェクトの一環として今年3月に完成させた。

「日本の文化財は作品保存の観点から、なかなか見ることができない。見られたとしてもガラス越しになることがほとんど。複製品はガラスケースに入れずに、明るい照明のもとで間近に、細部まで鑑賞できます」とキヤノン社会文化支援課の鍛治屋友美さんは語る。

キヤノンが独自開発した「カラーマッチングシステム」により自動で色調整
京都の伝統工芸士の技で金具に模様を再現する

国宝の「唐獅子図屏風」は3頭の唐獅子を六曲一双の金地の大画面に描いた作品。右隻は、織田信長や豊臣秀吉らに仕えた桃山画壇の巨匠・狩野永徳の代表作で、左隻は、永徳のひ孫にあたり、江戸時代前期に徳川家に仕えた絵師・狩野常信が右隻に合わせて制作したものだ。

複製品の制作にあたっては、原画を傷つけない、強い光を当てない、最短時間で行うなど文化財への負担を最小限にしながら、キヤノンの技術者が撮影、色合わせを実施する。こうして取得したデジタルデータをもとに、陰影が生み出す立体感、経年変化による微妙な風合いや質感などもリアルに再現して、専用に開発した和紙や絹に印刷していく。

さらに、特定非営利活動法人・京都文化協会(京都市下京区)のたくみの技が、ここに加わる。京都の伝統工芸士が金箔きんぱくなどを印刷物に施し、その上で、表具師が屏風やふすま、絵巻物に仕上げていく。

2018年から進めてきた共同研究プロジェクトで制作された高精細複製品は、これまで15点に上る。中でも、今回の「唐獅子図屏風」は過去最大のものだった。

(上)高精細画像で複製した「唐獅子図屏風」
(下)国宝「唐獅子図屏風」は作品保護のため照明を落としガラスケースに収めている

東京国立博物館での展示は〔2024年〕6月30日まで。一方、国宝の原画も6月23日まで、皇居三の丸尚蔵館(皇居東御苑内)で展示している。

◇     ◇     ◇

文化財を複製する意義について国立文化財機構文化財活用センターの小島有紀子主任研究員に聞いた。

親しむ、伝える 目的は様々 ― 出前授業やイベント活用も

紙や絹、金箔きんぱく、漆など日本の文化財に用いられる素材は環境の変化を受けやすい脆弱ぜいじゃくなものが大半を占めます。修理しても時間の経過とともに色あせたり劣化が進んだりしてしまう。文化財を知り、親しんでもらう方法の一つとして、デジタル技術を駆使した文化財の複製があります。

小島有紀子主任研究員

歴史の中では人の手による模写・模造も長く取り組まれてきましたが、近年のデジタル技術を駆使した文化財の複製は劇的な発展を遂げています。限りなく本物に近い高精細なもの、鑑賞者が触ったり着用したりできるもの、気軽に飾ったり使用できたりするものなどに分けられ、博物館などで活用される複製はいずれも文化財に親しむことや、守り伝えることを目的として作られる場合が多いです。

模写・模造は一点もので、手がけた作者名が残ることも多く、その模写・模造自体も将来、文化財になっていく可能性もあります。これに対し、デジタル技術による複製は、データが保存されていれば同じものを作ることが可能です。

模写・模造を含めた複製の目的は一口に言えるものではなく、様々な目的に応じて作られ、使われ、時に重要な資料になってきました。文化財活用センターではデジタル技術を駆使した文化財の複製を使った出前授業を行ったり、公共・商業施設での展示やイベントに複製を貸し出したりする事業にも力を入れています。こうした複製を身近に活用してもらうことで、文化財に関心を持ってほしい。人類の宝物である文化財を1000年先、2000年先の未来に伝えることは、今を生きる私たちに課された重要な使命と考えています。

(2024年6月2日付 読売新聞朝刊より)

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