能登半島地震は、伝統工芸の産地・北陸地方に大きな被害をもたらした。なかでも石川県は国指定の伝統的工芸品10種を含む多くの工房、職人が制作の場を失い、住む場所にも不自由を強いられている。唯一の生産者として伝統を守り継ぐ、七尾和ろうそくと能登上布は全国からの支援の注文に応えようと制作を再開した。壊滅的な打撃を被った珠洲焼、輪島塗は、展覧会を開催して健在をアピールし、危機を生かして再建へ歩み始めた。九谷焼の赤絵作家は、地震後に入門した若い後継者に未来を託す。官民の支援を支えに生産地の復活への長い道のりが始まった。
石川県指定の伝統的工芸品「珠洲焼」は珠洲市内約20か所の窯が大きな被害を受けた。しかし、こんな時だからこそ全国に注目してもらえる大きなチャンスと作家の篠原敬さん(64)は、展覧会開催などに奔走している。
珠洲焼の歴史は平安時代末期から室町時代後期までさかのぼる。釉薬を使わず1200度以上の高温で酸素の少ない状態で焼き上げ、特徴である灰黒色を出す。一時は廃れたが、1970年代末に地元の有志が再興し、地震前には約50人の作家が珠洲市内で制作するまでになった。
2022年6月の地震でも多くの作品が破損したもののレンガ造りの窯は無事だった。23年5月の地震では窯が破損したため、全国から駆けつけたボランティアの力を借りて12月に修復した。だが、一度も作品を焼かないまま、この地震で全壊してしまった。
篠原さんは、約120キロ離れた同県野々市市に避難。車で約3時間をかけて珠洲市に通う。いまだ窯には手をつけられないままという。他の窯元も大半は制作再開の見通しが立っていない。
そんな中で、復興を願って国内外から寄せられた多くのメッセージを力に、約30人の仲間と無事だった作品を持ち寄り、5月3~5日に金沢市内で特別展の開催にこぎ着けた。
「『珠洲焼が存亡の危機』などと私たちはだれも思っていない。ピンチをチャンスにかえて、必ず復興させるので注目してほしい」と篠原さんは決意を見せる。
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能登半島地震発生直後から地元自治体、国などが被災した工房、職人の支援に乗り出した。
石川県は、県指定の伝統的工芸品、稀少伝統的工芸品の生産者を対象に、再建資金として、最大1000万円を支援する。〔2024年〕4月1日に、まず工房2件への支援を決めた。石川県伝統産業振興室は「国指定の伝統的工芸品の条件を満たさない小規模な工房、職人などを対象に、国と同じ規模で支援していきたい」として今後も支援を続けるという。
また、文化庁は石川県、輪島市、経済産業省、林野庁などと、プロジェクトチームをスタートさせ、被災し閉鎖したままとなっている輪島漆芸技術研修所の支援に乗り出す。施設の復旧と研修生らの住まいなどを確保し、後継者育成を支援していく方針だ。
経済産業省は3月、国が指定する伝統的工芸品産業に補助金5500万円の予算を計上した。対象は石川、富山、新潟3県の工房、職人39件で、石川県の輪島塗、九谷焼、七尾仏壇、富山県の高岡漆器、高岡銅器と新潟漆器の生産再開に必要な資金として最大1000万円を支援する。2024年度も3県と福井県を対象に引き続き支援を行う。
(2024年月5日付 読売新聞朝刊より)
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