地域で保護される文化財の中には、美術的、歴史的価値の高いものが少なくない。地域住民が守り継いできた観音像が数多く点在する滋賀県長浜市高月町は「観音の里」として、全国から注目されている。ただ、こうした地域にも人口減少、高齢化の波が押し寄せており、将来、住民の努力だけでは文化財の維持継承が困難になるとの指摘がある。
秋田県大仙市豊川の水神社に伝わる「線刻千手観音等鏡像」は、江戸時代に村人が偶然に発掘して以来、この地で守り伝えられてきた。平安時代の線刻鏡像の中でもその精緻さは類例がないとされ、同県で唯一の国宝に指定されている。
水神社のご神体になっている鏡は直径約14センチ、厚さ6ミリの小ぶりなもの。白銅製で、鏡面の中央に蓮華座の上に立つ千手観音像が線刻されている。厨子に収まった状態では何が刻まれているのかはっきりしないが、照明を当てると、千手観音のふっくらした顔や40本の手が浮かび上がった。
そもそも鏡は江戸前期の1677年(延宝5年)、同市豊岡で用水路の開削中に出土した。時の藩主が堰の神様として祭るよう村人に命じ、村人がお堂を建てた。当初は「鏡観音」などと呼ばれたが、明治初期の神仏分離令により仏教系の呼称を廃し、水神社とあらため、ご神鏡として届け出たという。
水神社の宮司を兼務する白岩神明社(秋田県仙北市)の太田晴子宮司(56)は「ご神鏡が土の中から見つかったことも、藩主に召し上げられなかったことも奇跡的。それに加えて地域の皆さんが代々にわたって守ってきたからこそ、ご神鏡は今日まで伝わった」と話す。
水神社の氏子は地域の住民たちで、現在約80世帯。その中から選ばれた12人の役員(4年任期、2年ごとに約半数交代)が年中行事などの運営にあたる。鏡は本殿北側の収蔵庫で保管し、1年に1度、8月17日の例大祭で開帳(公開)する。当日は全国から多くの人が拝観に訪れる。
〽神とし祭る御鏡の 永久に輝く栄の里――。線刻千手観音等鏡像は、地元・大仙市立豊成小の校歌「永久に輝く 我が郷土」にも登場する。校章も鏡の形で、鏡が地域の宝、シンボルとなっていることを示している。同小の3、4年生を対象に、役員が鏡の大切さを伝える行事も恒例となっている。
ただ、過疎化の進行により、最も多いときで約120世帯あった氏子の数も減少傾向で、将来の守り手不足が危惧される。前・氏子総代の熊谷徹さん(73)は「県外に出て行った子どもたちがいつの日か故郷に戻って来て、今度は自分自身たちで鏡を守り伝えてほしい」と願いを込めた。
(2025年3月2日 読売新聞朝刊より)
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