平安から鎌倉時代にかけて中国から伝わった喫茶法は時代を経て徐々に和様化し、豊臣秀吉に仕えた茶人・千利休に至って、独自の文化「茶の湯」が大成されました。江戸時代には利休の子孫である
三千家 の家元に茶道具を納める10の職家 「千家十職 」が京都で技を磨きました。これらの家を訪れて歴史と仕事について尋ねました。
広く知られる土田友湖は隠居名。それまでは、今名乗っている当主名を使う。
西陣織の仲買人だった初代が、その当時、千家に出入りしていた袋師に弟子入り。家業の一切を譲られ、表千家六代覚々斎から出入りを許された。
一つ一つ形が違う
「一つの茶入に違う仕服をいくつも作ることも。着せ替え人形のようなものです」と土田さん。美的センスが問われる仕事だが、「あくまで主役は中身」と控えめだ。
五代友湖の頃から
(2022年9月4日付 読売新聞朝刊より)
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