キッチンやリビングで、お気に入りの器をうっかり割ってしまった! 残念だけれど、泣く泣く処分……そんな経験をお持ちの方、多いのではないでしょうか。実は日本には古来、割れたり欠けたりした器を金などで飾って新たな命を吹き込む「金継ぎ」という技法があります。今回の「和文化ことはじめ」は、オシャレな器が好きだという音月桂さんと一緒に、海外でも注目を集める金継ぎの魅力の秘密を探ります(取材は緊急事態宣言発令前に行いました)。
今回の講師は「紡ぐ TSUMUGU: Japan Arts & Culture」の執筆でもおなじみ、美術家、金継ぎ作家でもあるナカムラクニオさん。国内外で漆の研究をしながら、アメリカに金継ぎの学校を設立し、海外でも普及活動を行っているそう。運営するアトリエ「6次元」(東京都杉並区)で、ナカムラさんに器のコレクションを紹介していただきました。
「これは、高麗の青磁、イギリスで作られた『伊万里写し』……伊万里焼は18世紀に欧州で人気だったので、似たような器が作られました。それから縄文土器」「えっ、縄文土器って教科書に出てくる……?」「実は縄文土器は骨董市なんかで手に入ります。破片を箸置きや飾りに使うと楽しいですよ」
「昔から器が好きでしたが、使っているとヒビが入ったり、欠けたりしてしまう。傷んだ部分を漆で接着し、金や銀、朱色などで飾って新たな命を吹き込むのが『金継ぎ』です。日本ならではの発想で、室町時代くらいから始まったと言われています」。ナカムラさんが金継ぎを始めたのは15年ほど前。欠けてしまった器を直したいと、自分なりに調べながらやってみたところ、その魅力にすっかりはまってしまったのだとか。その後、日本のみならず、アジアすべての地域の漆器、陶芸の産地を取材し、研究と収集を続けているそうです。
「割っても怒らなくなるし、捨てるという概念もなくなり、一生使い続けることができる。自分自身の感覚も変わりました。壊れたところが美しく見える。修理と言うよりも新たな景色を作る、創作に近い作業です」。ナカムラさんの手がけた金継ぎを見ながら、「確かに、新しい器に生まれ変わっているように感じます」と音月さんも感心します。
早速、作業を始めてみましょう。まずは絵を描く練習からです。
「絵はあまり得意じゃないんです」と不安げな音月さんに、「イラストではなく、線や丸など描く練習、イメージトレーニングですよ」とナカムラさん。
「金継ぎは景色を作っていく作業です。接いだところにどんな線や形を描くのか。線の太さ、曲がり具合、力の強弱、へこみなどで印象は大きく変わります。また、欠けたところには丸などの図形を描くこともあります。まん丸がいいのか、三角か、月のような形なのか……たくさんの種類を描いてみましょう。ポイントは、凝りすぎて作為的に見えないようにすることです」
音月さんが丁寧に力を加減しながら、何本もの線や図形を紙に描いていきます。「今はみんなせっかちで、じっくり美しく作る、ということができづらくなっていますね。ゆっくり、じっくり、気持ちを落ち着かせて」とナカムラさん。「作為的に見えないようにするのは、難しいです。心を落ち着かせて、無の心境になる必要がありますね」
ここで、器の登場です。アメリカの美術学校の生徒が作ったという茶碗は、胴(側面上部)が黒、腰(側面下部)がエメラルドグリーンで塗られたポップでおしゃれなデザイン。飲み口の部分が数センチ欠け、側面に何本かヒビが入ってしまっています。
まずは、この欠けた部分を、パテと呼ばれる特別な樹脂で埋めていきます。まるで虫歯の治療のよう。ちなみにこの樹脂、食品衛生法の基準にクリアした安全なものです。
パテを練り、指で丸める音月さん。「パテって軟らかいですね。欠けの形にそって、楕円形にして……厚みをどうするかが難しいです」「最終的にはやすりで整えますから、でこぼこはそこまで気にしなくても大丈夫ですよ」。慎重にパテを器に置き、形を整えます。
続いて、耐水ペーパーでやすりがけし、表面を整えます。「器のほかの部分を見ながら、つるつる感を調整します。あわせて、寄り添う感じでしょうか。使う人、器を見る人、皆が楽しめるように、あらゆる角度から見ても美しいように仕上げます」とナカムラさんがアドバイス。
「自分だけではなく、向こう側にいる人のことも考えてというのが、すばらしいですね。寄り添うというたとえ方もすてき。まだ『よそ者』感があるかな」と、丁寧にやすりがけを続けます。
そして、いよいよ金継ぎの作業。絵皿の中で漆と金粉を混ぜ、筆で欠けを補った部分を塗っていきます。ここでいきるのが、冒頭のイメージトレーニング。音月さんが描いた線や図形の中から、「いい感じ」のものを選び、参考にします。
「こすらずに、ゆっくりと置いていく感じで」。ナカムラさんに言われて、まずは塗る部分の外周を細い線でゆっくりと描きます。筆を数ミリ単位で動かして慎重に形を作り、中を塗っていくと、まるで欠けた月のような図形が浮かび上がってきました。「筆の跡がないか、気泡がないかも確認してくださいね」。音月さんが集中するにつれ、アトリエの中に静けさが広がり、緊張感が走ります。
無事に描き終えて、ほっと音月さんの表情が緩みます。続いてヒビに合わせて、筆先を器用に動かし、まるで月からこぼれ落ちる細い水流のような、繊細な線を描きました「ヒビよりも少し先まで描いてみました」と笑顔。
最後に金粉を振りかけると、線の立体感が際立ち、表面も滑らかにコーティングされ、器が完成しました。
後日、さらに純金粉をまいて磨き、美しく仕上げるそうです。
「すごくきれいにできましたね! 上は力強く塗られて、下にいくほど繊細なのが、とてもいいです。豪快で力強い感じも受けます」とナカムラさんも大絶賛。「力強さというのは、とても大事なのです。丁寧にやり過ぎると勢いがなくなってしまいますから」と言うと、「豪快とか力強いとか……いつも言われちゃうんですよね」と音月さんが照れ笑いを浮かべました。
しばらく器を眺めたあと、ナカムラさんが「では、銘をつけてください」と音月さんにリクエストします。「私がつけていいのですか……銘はどういう基準で選べばいいですか」「銘は、美しければ何でもいいですよ」。しばらく悩んだ末に音月さんが考えた銘は、「Birthday」。
「今日はこの子が生まれ変わった日、門出だと思いました。また生まれた、新しい誕生日というのはどうでしょうか」
音月さんらしい前向きな銘に、ナカムラさんも「いいですね!」と繰り返します。ナカムラさんは「修復は傷を目立たなくするものですが、金継ぎは傷そのものをめでる。傷を繕い、新たな命を吹き込むことで、自分自身の傷も癒やされていくような気持ちになります」と話します。
「金継ぎは器を直すものだと思っていましたが、これは新しいアートですね。新たな器が次の世代へとつながっていく日本文化の奥深さを、また一つ味わえました」と音月さんも感心していました。
最初にナカムラさんから「器と向き合って」と教えていただいた時は、どういうことかわかりませんでした。それが触れていくに従い、その質感が心地よくなり、手になじんでいくような感覚を覚えました。金継ぎは、ただ器の傷を直すのではなく、そこから新しいものを生み出す芸術であると同時に、作者が器に込めた思いや世界観をリスペクトして、元々の器の良さに寄り添っていくのだと。作業をしているうちに、作者の思いやぬくもりが、体の中に入ってくるような、そんな不思議な経験でした。
作業はすべて一発勝負で、失敗ができない。だからこそ集中力が研ぎ澄まされ、無心になりました。江戸切子は削りましたが、金継ぎは足していく。引き算と足し算という正反対な作業に見えるかもしれませんが、どことなく同じような精神性を感じました。
この取材を行うまで、実は金継ぎのことは知りませんでしたが、海外でも人気だと伺いました。日本人が大切にしてきた物を大切にする文化は世界にも共通するのだという誇らしさを感じ、日本人としてその思いを引き継いでいきたいと強く思うことができました。
(企画・取材:読売新聞文化事業部 沢野未来、撮影:青山謙太郎)
プロフィール
女優
音月桂
1996年宝塚音楽学校入学。98年宝塚歌劇団に第84期生として入団。宙組公演「シトラスの風」で初舞台を踏み、雪組に配属される。入団3年目で新人公演の主演に抜擢されて以来、雪組若手スターとして着実にキャリアを積む。2010年、雪組トップスターに就任。華やかな容姿に加え、歌、ダンス、芝居と三拍子揃った実力派トップスターと称される。12年12月、「JIN-仁/GOLD SPARK!」で惜しまれながら退団。現在は女優として、ドラマ、映画、舞台などに出演している。
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