令和になって初めてのお正月、いかがお過ごしでしたか。松の内は過ぎてしまいましたが、本年も、「音月桂の和文化ことはじめ」をよろしくお願いします。2020年の幕開け、音月桂さんが挑戦したのは、手ぬぐいを表紙に使う和綴じのノート作りです。普段から手帳や日記帳を愛用しているという音月さんが、手ぬぐいと日本古来の和本のふたつを学びました。2020年の計は和綴じ本にあり!
訪れたのは、1872年創業で、手ぬぐいや浴衣の製造・卸を行っている戸田屋商店(東京都中央区)です。店舗の外壁には、職人が彫って手ぬぐい制作に使用された型紙がディスプレーされており、「おしゃれな柄があるんですね」と音月さんのテンションも上がります。
「私たちが扱う手ぬぐいは、熟練の職人が手作業で作っています」と話すのは、営業部課長の宮川慎一さん。同店の手ぬぐいは、図案を彫った型紙を生地に合わせ、糊を引き、やかんと呼ばれるじょうろ形の容器で染料を注いで染める「注染」という技法で作られています。
明治初期に考案された技術で、異なる色の染料が入ったやかんを同時に注ぐことで、ぼかしや多色染めといった細かな表現を加えることができるそうです。注染で作られた「東京本染ゆかた・てぬぐい」は都の伝統工芸品にも指定されています。
「手ぬぐいは乾きがよく、裏表がないのでスカーフにしてもおしゃれ。最近はデザインも豊富になってきて、額に入れて飾りとして使う方もおられます。使えば使うほど風合いが良くなり、味が出るのも手ぬぐいの魅力です」と宮川さんが語ります。
2階の倉庫には、伝統的な模様から絵画、ポップな動物柄など約600種類の本染手ぬぐいが所狭しと並んでいました。音月さんの目が一気に輝きます。「6月生まれに合う柄がいいな」「カフェモチーフもかわいいし、傘の柄もすてきだし……どうしたらいいの、端から全部作りたい!」と悲鳴に近い歓声が上がりました。
30分ほど悩み抜いた末に、音月さんが選んだのは雨をイメージしたレトロモダンなデザインです。
ノート作りに使う手ぬぐいが決まったところで、和綴じについて学びます。今回綴じ方を教えてくれるのは、明治中期から製本を手がける有文堂(岐阜市)の有藤加奈子さん。「和本の魅力を伝えたい」と、7年前から戸田屋商店と共同で講座を開いているそうです。
なぜ手ぬぐいを表紙に使うんですか? 「伝統的に、能の謡本や経本など、大切な本は表紙に緞子を使います。ただ絹織物は高額なので、代わりに手ぬぐいを使うことを思いつきました。手触りも良いし、丈夫ですし、デザインも豊富ですから」と有藤さん。
ノートの紙は美濃和紙です。「私たちが日常的に使っている洋紙は、原料のパルプ(木材)を短い繊維にして、溶剤で固めます。一方の和紙は樹の内皮を煮てほぐし、長い繊維を残したまま作ります」と有藤さん。
厚さ2センチほどに重ねられた和紙を持った音月さんは、「軽い」と驚きます。「長い繊維を絡ませているので、隙間が空いていて圧倒的に軽いんです。広辞苑くらいの厚さでも指先で持てます」と和紙の特長を教えてもらいました。
早速手ぬぐいをカットし、補強した後、両面テープを使って表紙に貼り合わせます。「手ぬぐいを切るのは、もったいな気もしますね」と言う音月さんに、「手ぬぐいは丈夫なので、切れ端も小さなハンカチ代わりに使えますよ」と有藤さんが教えてくれました。
次に、大きな目打ちと木槌を使って、糸を通す穴を空けます。穴は四つ。「四つ目綴じ」という基本的な綴じ方です。先ほどから有藤さんが使う道具はあまり見慣れないものばかり……そう気づいた音月さんに、有藤さんは「職人は使う道具も自分たちで作るんですよ」と教えてくれました。
いよいよ糸を使って綴じていきます。下から上へと針を繰り返し運び、横の穴へ順に移っていきます。
穴を空けたのに、なかなか糸が通りません。「結構きつい……力が必要ですね」と驚く音月さんに、有藤さんは「和紙は丈夫な紙です。繊維が強く、開けた穴を塞ごうと押し上げてくるから、明日になるともっと締まります。まるで生きているみたいでしょう」と話します。
結び目をうまく隠して、できあがり。約1時間の作業で、世界で一冊しかないオリジナルの和綴じノートができあがりました。
「糸でしっかり紙を留めているので、ページを抜き取ってもバラバラになりませんし、糸が切れたら縫い直せばいいだけです。普段使いにぴったりです」と有藤さんが和本の魅力を語ります。
音月さん、このノートに何を書きますか。「2020年ですから、新しい目標を書きためていこうかな。小さくて軽いから、旅行先に持っていってもいいですね。スタンプを押したり、日記を書いたりして。表紙もかわいいし、季節を問わず持ち歩きたいです」と夢が膨らみます。
今回は、手ぬぐいと和綴じの両方を学ぶことができました。手ぬぐいは宝塚歌劇時代に日本物(時代劇)のお芝居をする際にお化粧で使ったり、日本舞踊で用いたりしましたし、役者の方からいただくことも多いです。使えば使うほど味がでる、という点はとても粋で、かっこいい。驚くほど多様な柄があることも知ったので、身近に置いて色々な用途で活用したいと思いました。
和綴じは初めての挑戦でしたが、「和紙は生きている」を実感するくらい、針を通すのが大変で驚きました。そんなに強い和紙なのに、触ると軟らかくて手を切ることもないと教えてもらいました。私はご朱印集めもしているので、和綴じや和紙にもっと興味を持って、知らなくてはと感じます。
和綴じは需要が昔に比べて少なく、修業期間も長いことで、技の継承が難しいとも伺いました。手ぬぐいと同じく、和紙も和本も私たちが普段から使っていくことが大切なんですね。今回作ったノートは使うのがもったいないけれど、それだと駄目だなと。職人の方が大切にされてきた一つ一つの技の繊細さをかみしめて、皆さんの思いを感じながら普段使いしていきたいと思いますし、周囲にも勧めてみようと思います。(談)
(企画・取材:読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来、撮影:金井尭子)
※音月さんの今後の記事の更新情報などは、紡ぐサイトの公式ツイッター( @art_tsumugu )で配信します
プロフィール
女優
音月桂
1996年宝塚音楽学校入学。98年宝塚歌劇団に第84期生として入団。宙組公演「シトラスの風」で初舞台を踏み、雪組に配属される。入団3年目で新人公演の主演に抜擢されて以来、雪組若手スターとして着実にキャリアを積む。2010年、雪組トップスターに就任。華やかな容姿に加え、歌、ダンス、芝居と三拍子揃った実力派トップスターと称される。12年12月、「JIN-仁/GOLD SPARK!」で惜しまれながら退団。現在は女優として、ドラマ、映画、舞台などに出演している。
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