京都・南禅寺などの古刹を手がける「植彌加藤造園」の山田咲さんが、日本 庭園の魅力をわかりやすくレクチャーする企画「大人の教養・日本庭園の時間」。第3回からは、いよいよ実践編に入ります。舞台は、明治・大正時代の大物政治家、山県有朋が愛した京都の名園・無鄰菴です。
第1回、第2回では、日本庭園の楽しみ方のポイントをご紹介しました。いよいよ実際にお庭をめぐってみましょう。ご案内するのは、南禅寺から徒歩5分ほどの場所にある無鄰菴です。現在の所有者は京都市で、我々は指定管理者として、庭園管理と施設運営を行っています。
無鄰菴は約120年前、山県有朋の別荘として建てられました。作庭したのは、七代目小川治兵衛。のちに平安神宮神苑や對龍山荘などの優れた近代日本庭園を多く生みだした庭師ですが、当時は駆け出しで、無鄰菴は彼の出世作となりました。年間を通じて一般公開される国指定の名勝で、庭園カフェもあり、自分のペースでじっくりお庭を眺めるには最高の場所です。
これまでレクチャーしたポイントの中から、無鄰菴で実践したいのは以下の二つ。
・ビューポイントを探してみよう
・庭師の技に注目してみよう
さっそく、私と歩いてみましょう。
まずは、お庭でビューポイント(視点場)を探してみましょう……と言いたいところですが、実は、お庭に入る前から、ビューポイント探しは始まっています。ヒントは、その庭がどのような地形にあるか。京都の地図と、無鄰菴の敷地平面図を見てみましょう。
無鄰菴があるのは、京都市左京区。この地図の黄色い★の部分です。京都市は盆地で、北、東、西の三方を山で囲まれています。無鄰菴は東側にあり、そのさらに東には比叡山まで続く東山連峰が連なっています。
これは、無鄰菴の平面図です。図を見ると、無鄰菴の敷地は東西に長い三角形のような形をしています。ということは、敷地は西から東へ向かってだんだん高くなっている可能性があります。さらに図を観察すると、お庭の中に水が流れていますね。地形から考えると、「この水はおそらく東側から西側に向かって流れているな」と想定できます。
建物の場所も、重要なヒントになります。平面図を見ると、敷地の西側に母屋、洋館、茶室のすべての建物が集まっています。ということは、これらの建物から東側の庭を眺める造りになっていると想像ができます。
これらの情報から、
・この庭は東側に広がる景色が魅力的なのでは
・訪れたら、まずは建物の前を流れる水面ごしに、東側を眺めてみるべし
という仮説が成り立ちそうです。
では、無鄰菴に入ります。西側にある出入り口から庭へ足を踏み入れると、図の通り、すぐに建物があります。
建物の脇を通り過ぎると、その東側にはこの景色が広がっています。
「わー、キレイ!」と、つい言ってしまいたくなりますね。しばし、存分に感動していただき、その後、過去のレクチャーをぜひ思い出してみてください。そうです、ビューポイント(視点場)探しのヒントは、「つい足を止めたくなる場所」でしたね。
足元に目を向けると「ここに立ってくれ」と言わんばかりの、大きな飛び石があります(黄色の矢印にご注目)。これぞ、紛うかたなきビューポイント!
では次に、発見したビューポイントから何が見えるのかを、じっくり味わっていきましょう。
この場所からの景色を魅力的にしているのは、何でしょうか? 広々とした芝生の築山でしょうか? それとも、手前に流れてくる水? 確かにそれらは重要な要素に違いありません。そして、それらの要素に沿って自然に視線が導かれていく先にあるのは……庭園の外にそびえる山ではないでしょうか。
そうです、ここは東山を借景に眺めるビューポイントなのです。山が空間の中心的な存在であることは、写真でもお分かりいただけるのではないでしょうか。
この庭を造営した山県は「東山を主山にして、そこからこちら側に向かって水が流れ出てくるように庭を造ってほしい」と七代目小川治兵衛に注文しました。発見したビューポイントから見る東山が景色の中心にあるのは、まさに施主の意図するところでした。
公開されている庭園では、パンフレットやウェブサイトにこのような庭園の成り立ちの基礎情報が書かれていることが多いので、事前にチェックして、ぜひビューポイント探しの参考にしてください。自分なりの仮説を現地で実際に確認してみるのは、謎解きゲームのようで、庭園散策の新たな楽しみの一つになりそうです。
ビューポイントは1か所だけではありません。お庭の奥へ、東側へと進んでみましょう。少しずつ、地面が高くなっていることを感じます。池が見えてきました。
さきほどのビューポイントからは築山に隠れて見えませんでした。高低差を利用して、歩くごとに景色がダイナミックに変化するようなデザインがされています。池越しに奥行きを感じさせる様子に、つい足が止まります。先ほどの東山に向かう開放的な景観とはまた違った、しっとりと日本庭園らしい風景が現れました。まるで別な庭のようにも見えますね。
ここには、滝もあります。
滝は、日本庭園にとって、とても重要な構成要素です。滝には、水を高い場所まで持ち上げる技術や、大きな石組を実現する技術など、造園技術の粋が集まっているためです。ですから、滝を中心にした奥行きのある景色が見える場所は、ビューポイントである可能性が高いです。
実は、この場所、明治時代にも写真が撮られています。
滝が造られ、そして写真が貴重だった明治時代にわざわざ風景を撮影したのですから、やはりここが庭の見せ場、つまりビューポイントに間違いないでしょう。
それにしても、同じ場所を撮影した新旧2枚の写真を見比べてみてください。120年の時を隔てているにもかかわらず、滝を中心に、水をたたえた池や豊かな木々といった景色の構成は、ほとんど変わりがないと思いませんか? これらのビューポイントを魅力的に見せるために欠かせないのが……そう、庭の手入れ、つまり庭師の技なのです。
ビューポイント探しで長くなってしまいましたので、庭師の技は次回、ご紹介いたします。
公式サイト https://murin-an.jp/
開園時間
新型コロナウィルス拡大防止のため、当面の間、入場は事前予約制になっています。詳しくは公式サイトをご覧ください。
プロフィール
植彌加藤造園 知財企画部長
山田咲
1980年生まれ。東京都出身。慶応義塾大学文学部哲学科卒業、東京芸術大学大学院映像研究科修了。現在、京都で創業170余年の植彌加藤造園の知財企画部長を務める。国指定名勝無鄰菴をはじめ、世界遺産・高山寺、大阪市指定名勝の慶沢園などで、学術研究成果に基づいた文化財庭園の活用のモデルを推進。開発した[文化財の価値創造型運営サービス]が2020年度グッドデザイン賞受賞。他方で舞台芸術作品の制作などにも関わり、文化的領域を横断した活動を続けている。
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