戦後を代表する歌舞伎の女形として活躍した中村歌右衛門(1917~2001年)の足跡を、豪華な舞台衣裳や小道具、ゆかりの品でたどる「六世 中村歌右衛門展」が、歌右衛門の自宅があった東京都世田谷区の世田谷文学館で開催されている。
親交の深かった三島由紀夫が送った手紙や自筆の原稿、東山魁夷が墨絵を描いた舞台衣裳の裲襠、武者小路実篤が送った自筆の絵など、一流の文化人との交流の品々も展示されており、歌舞伎ファンのみならず、小説や美術好きにも楽しめる企画になっている。
歌右衛門は、幼い頃に左足の手術を受けるなど苦労したが、終生女形を演じ続け、高度な技術だけでなく、品格のある芸風や華のある美貌で人気となった。戦後、苦境に陥った歌舞伎を盛り上げたとされる。
海外公演や新作にも挑戦し、68年には人間国宝に。歌右衛門が作り上げた演出や演技は、現代の歌舞伎役者にも受け継がれているという。
会場には、歌右衛門の生涯に沿って、ゆかりの品約300点がずらりと並ぶ。中でも目を引くのが、豪華な舞台衣裳だ。特に、歌右衛門の当たり役とされる「助六由縁江戸桜」のヒロイン・揚巻がまとう裲襠は、東山魁夷や山口蓬春らが墨で描いており、平面に描かれた通常の日本画とは異なる画家の筆致を間近で見ることができる。
歌右衛門の熱心なファンだったという三島由紀夫は、歌右衛門のために歌舞伎の脚本を書いたり、写真集を自ら編集したりしており、今回の会場では、写真集に寄せた後書きや歌右衛門をモデルに書いたとされる小説「女方」の冒頭の原稿が展示されている。
歌右衛門自身が手がけた絵も目を引く。若くして亡くなった妻のつる子さんを描いた「つる子夫人肖像」や、ロンドンの劇場街の様子を描いた「ロンドンの街角」は鮮やかな油彩画。特に、その死から4年後に取りかかったというつる子さんの肖像は等身大ほどの大作で、新聞を読む妻の横顔という何げない日常を描いている。このほか愛蔵のぬいぐるみ、長男の中村梅玉さんと一緒に旅行した際のプライベートの動画など、役者の素顔が垣間見られる品も展示されている。
学芸員の原辰吉さんは、「女形一筋、役者一筋に生き、一時は危機的な状況にあった戦後の歌舞伎界を牽引し、芸を究めていった歌右衛門さんですが、器用に絵を描き、動物やぬいぐるみを愛するなど、親しみのあるお人柄であったことが感じられます。彼の生涯を通して、歌舞伎や戦後の文化人同士の華麗な交流などにも興味を持っていただければ」と話す。
展示は4月5日まで。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、通常よりも換気を強化し、入り口には消毒液を置くなどの対策も行っている。
(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)
https://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html
開催概要
日程
〜2020.4.5
午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)
世田谷文学館 2階展示室
東京都世田谷区南烏山1-10-10
一般=800円
65歳以上、高校・大学生=600円
小・中学生=300円
ほか
休館日
月曜日
※ただし月曜が祝日の場合は開館し、翌平日休館
お問い合わせ
電話 03-5374-9111
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