政府が推進する「日本博」の一環として9月21日に開幕する特別展「工藝2020―自然と美のかたち―」に出品する名匠の技と美を紹介する特集の第二弾は、人形作家・奥田小由女さんが語る。
工芸は素材が大事です。創作人形は割と素材は自由ですが、私はおひな様にも使われている日本独自の白い胡粉にこだわりがあります。非常にもろい素材で、なんとか後世に残したい思いがありました。長年、失敗と挑戦を繰り返して研究を重ね、人形全体に使えるような独特の胡粉を開発して、それらを使うことにこだわってきました。
日本画は胡粉を団子状にして使いますが、私は胡粉を膠で溶きおろして一晩置き、沈んだ濁りは捨てて上澄みを使います。それを刷毛で丁寧に、繰り返し塗り重ねると透明感が出て、巻きのいい真珠のように、ほんのりとした光沢が出るんです。
彩色も水性絵の具を自分で加え、上塗り用の胡粉を手作りしました。溶き剤の膠も自然のものです。胡粉を人形全体に使うのは大変で、やる方はあまりいませんが、私は日本古来の、日本の風土に一番合う素材だと、魅力を感じています。
人形の体の素材は樹脂で、表面はピンホールほどの穴も許されない。磨き一つで表情が全く変わってしまうので、細心の注意を払います。
新作の「海からの生還」は、今度の展覧会に出品する「海から天空へ」の連作です。東日本大震災の津波でたくさんの方が流されましたが、当時、私自身も海に落ちたようなつらい出来事がありました。新作は一緒に海から生還したい気持ちに強く動かされ、自然に形が生まれました。「海から天空へ」は、震災で帰らぬ人たちがたくさんいて、その方々の大切な命をなんとか天空にいざないたいという祈りを込めて制作しました。
毎朝、庭で植物や生き物と話します。日本人の感性は四季に由来する。ひらめきや想像を自然から与えられている気がします。素材の声を受け入れ同化し作品を作るのが工芸。少しでもいいものを見ていただきたい。(談)
東京都内の仕事場の和室は、夫で日本画家の故・奥田元宋さんのかつてのアトリエでもある。机には様々な筆や刷毛、袋詰めの胡粉や膠などが並ぶ。胡粉を膠で溶く方法も独学するなど努力の人だ。1972年の日展特選作「或るページ」に代表される70年代の「白の時代」は、胡粉の白い抽象的な造形表現で評価を高めた。結婚を機に彩色を施した女性像を制作。絵の具も独自に作り、母性や慈愛に満ちた優美な表現を極めた。日展に続いて、今年7月には現代工芸美術家協会の理事長にも就任し、日本美術の発展に努めている。
おくだ・さゆめ
人形作家。1936年、大阪府生まれ。広島県に育ち、高校時代に人形作品にふれ、卒業後に上京。紅実会人形研究所の林俊郎に師事した。主に日展で作品を発表し、72年、「或るページ」で特選受賞。胡粉による白を基調に、自然をモチーフとした立体表現で注目を集めた。90年に日本芸術院賞。98年、人形作家で初の日本芸術院会員。2008年、文化功労者。14年から日展理事長。
2020年9月6日付読売新聞から掲載
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