今回のコラムの主役は、「浮世絵」の代名詞とも言うべき、世界で最もその名を知られた絵師、
その中の一枚、「神奈川沖浪裏」は、「ザ・グレート・ウェーブ」と呼ばれ、一番有名な日本美術です。
北斎は、とにかく絵を描くことが大好きで、たぐいまれな才能の持ち主。そのうえ並々ならぬ向上心を持ち、もっとうまく描きたいと最晩年まで熱い情熱を持ち続けました。
その人柄はユーモアにあふれ、
6歳頃から絵を描き、絵師になりたいと憧れつつも、10代は貸本屋の小僧や版木を彫る仕事に精を出しました。そして19歳の時、ついに人気浮世絵師・
15年間ほど夢中で腕を磨き、勝川派の中堅絵師となりましたが、生活は貧しく、唐辛子や暦を売り歩いたこともあったとか。その最中に師匠に出くわし、気まずい思いをしたと伝わります。
そして師匠が他界した30代前半で勝川一門を離れました。その一因は、兄弟子との不仲ともいわれ、ある時、作品の出来を笑われて破り捨てられ、「いつか見返してやる」と奮起したとも伝えられています。
北斎はその後、人気作家・
北斎は「
その腕は天下に聞こえ、ついには将軍・徳川
北斎は大量の作品を手がけながら、その実、晩年までお金に苦労しました。
というのも、
絵の具代には糸目をつけず、自炊せずに出前をとって暮らしたうえ、掃除が嫌いで引っ越し魔だったとか。90年の生涯になんと93回、ひどいときには1日に3回も引っ越したというから驚きですね。
天保の大
北斎は、90年の生涯で30個以上もの画号を使ったことでも知られます。画号とは、いわば絵師としての看板ですが、それをコロコロ変えるなんて、腕一本で勝負する天才らしい振る舞いですね。しかし時には、お金を工面するのが真の目的だったらしく、画号を弟子に売ったという話も残っています。
画号のネーミングセンスにはユーモアがあふれ、たとえば、自らを画に狂う老人と呼ぶ「画狂老人北斎」なんてものも。「九々蜃」という画号は、貧しい生活にきゅうきゅうとするという意味ともいわれます。
また、自らの信念を込めた画号もあり、たとえば、「北斎辰政」は北斗七星を意味します。逸話によれば、若い頃、江戸の柳嶋妙見というお寺にお参りした帰り道、近くに雷が落ちて田んぼに転げ落ち、この出来事以来、絵が売れ始めたため、北斗七星の化身・妙見菩薩のご霊験だと感謝してこの画号をつけたといいます
北斎は75歳の時に、絵師としての決意を記しました。「70歳までに描いた絵は取るに足りない。73歳でやっと鳥や獣、虫や魚の骨格や、草木が育つ様子がわかってきた。80歳になればもっと向上し、90歳で奥義を極め、100歳で神の域に達し、百何十歳になれば私の描く点も線も、すべてが生きているかのようになるだろう。願わくば長寿をつかさどる神よ、この言葉が偽りでないことを見ていておくれ」
多くの傑作を世に出しても、日本じゅうに大勢の弟子を抱えても、おごり高ぶることなく、どこまでもまっすぐに絵師としての仕事に
その高い志ゆえに、80歳を過ぎてから「まだ猫一匹ろくに描けない」と涙をこぼしたとも伝わります。
そして90歳で亡くなる間際、こうつぶやいたといいます。「天があと10年、いや、5年生かしてくれたら、本物の絵師になれただろうに」
このように魅力あふれる天才絵師・北斎が残した傑作の数々は、江戸時代からすでにヨーロッパに紹介され、以来、世界中で愛されてきました。
東京都江戸東京博物館では2020年1月19日(日)まで「大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」が開催中です。ぜひお見逃しなく!
東京都江戸東京博物館 2019年11月19日(火)〜2020年1月19日(日)
プロフィール
美術ライター、翻訳家、水墨画家
鮫島圭代
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/
開催概要
日程
2019.11.19〜2020.1.19
※会期中展示替えあり
東京都江戸東京博物館
東京都墨田区横網1-4-1
一般 1400円
大学生、専門学校生 1120円
小学生、中学生、高校生、65歳以上 700円
※「大浮世絵展」のみの鑑賞料金。常設展共通券は料金が異なります。
休館日
月曜日(2020年1月13日は開館)
年末年始(2019年12月28日~2020年1月1日)
開館時間
9:30~17:30 (土曜日は9:30~19:30)
入館は閉館の30分前まで
お問い合わせ
03-3626-9974(代表)
※電話でのお問い合わせは9:00〜17:00(休館日を除く)
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